才能事始め「エール」:遅報(44)

 私は普通のテレビ番組はみないので、なんで「麒麟がくる」がこれまでの大河ドラマの回顧談になっているのか、今日も今日とて朝の連続ドラマ「エール」が8時から再放送になっているのか知らないのだが(ご多分に漏れずコロナの影響だろうと察しはつくが)、ともかく、今朝またあの言葉に出会うことができた。

 「人よりほんの少し努力するのがつらくなくて、ほんの少し簡単にできること、それがお前の得意なものだ。それがみつかれば、しがみつけ。必ず道はひらける」。

主人公が小学生の時の先生の言葉である。先生はしがみつく人生を選べなかったんだろうな、と察しがつく。

 ほんのちょっぴりの才能なのだ。それがみつかったのが本人にとって幸福だったかどうか、は分からない。また、それにしがみつけるのは幾つかの偶然が重ならないとできないだろうし、むしろ苦難の始まりのような気もする。だが、葛藤のない人生などありはしないし、色んなしがらみの中でその才能を諦めた人生も多いはずで(諦めても悔いがないほど小さな可能性だったのだし)、ともかくすべての人にとって葛藤の末に現在がある、のは確かなことだ。

 ごくごく取り柄のない私がこんな研究者人生を辿ったのは、父の言葉が導きの糸だった。私が記憶している彼の語録では、大正3(1914)年生まれの彼は絵描きになりたかったが(たしかに、若いときの彼の油絵には勢いがあった)、軍人上がりの父親の反対でそれが果たせず(勘当された由)、得意だった剣道を生かすべく職業軍人を目指そうにも身長が足らず、旧制中学卒業後は教師養成所に入ったり、東京のChu大学の夜間(中退)に通ったりの青春の蹉跌の連続だったようだ。三男に産まれたのに兄たちが死んだこともあり(出来のよかった次男はノモンハンで1939年戦死)、家督を継ぐはめになり、瀬戸内海の島で小学校の教諭をしたり、海軍に徴兵されて、戦後からだと思うがまったく方向違いの庶民金庫(のち、3公社・5現業・8公庫のひとつ国民金融公庫)で働くようになった。そして私の生まれが1947年で、物心ついたころから、「父ちゃんはやりたいことを許されなかった。お前は好きな道に進みなさい」と、膝に抱っこされて何度も聞かされて大きくなった。

 話がここで終われば、まあそれなりの美談?ですんだかもなのだが・・・。

 その父親が、優秀な同級生に比べ頭もよくない私が自分なりに行く末を見据えて、これなら自分にもやれるだろうと進学先を教育学部にすると言ったら(といっても、広島師範、高等師範、文理科大学の流れを汲む教育学部高校教員養成課程の偏差値は高かったのだが)、烈火のごとく怒って「お前を教師にするために広島学院に入れたのではない」と宣うたのだから、こっちも驚いた。たぶん軍国少年育成に先進加担した教育への彼なりの慚愧の念からだったのではないか。そこで私は変化球を考え,母を通じて「文学部史学科」とアドバルーンを揚げたら(本当は考古学やりたかったのだが、当時だと食える見込みがなさそうだった:土地開発での緊急発掘調査が法制化されたのは大学進学後のことだった)、「それならよかろう」と今度はすんなりだったので、これには二度ビックリだった。彼が何をどう判断したのかは不明である。なにしろ大蔵省の外郭団体の職場で、ずっと学歴に悩まされていた彼の本音は法学部か経済学部だった。だが私にとって、周囲の優秀な同級生がそれを狙っていたので、こりゃあかんわというのが当方の認識だったのである。この判断は正しかったと今でも思う。その方面に適正がなかったからだ。

 なぜ史学科なのか、については話が長くなるので、機会があればいずれまた。

【追記】風呂に入っていたら思い出したことがあった。父はずっと絵は描き続けてはいた。だが日曜画家というべきか、多くの作品がアフターファイブの蛍光灯のもとでのものだったので、私のような素人目にもそれらは色が濁っている印象があった。その父が臨終の時、意識不明になったはずの彼が、突然右手を挙げて激しく動かしたので、驚いた。母だったと記憶するが、「ああ、何か描いている」と。たしかにあれはキャンバスに絵を描いている時の動きだった。それで私は臨死体験の存在に納得することになった。たぶん父は最期の瞬間に、描きたいと思う強い衝動に突き動かされていたのだろう。描かざるを得ない強烈で圧倒的な光景を見ていたに違いない。その意味で、彼は生涯絵描きだった、と思う。

ヒエロニムス・ボス「天上への上昇」1500-1504年作成(部分)
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