投稿者: k.toyota

世界トイレ事情3例

 赤池リカ「便器の上に土足で立つ!?外国人に聞いた、日本とは違う「トイレ」事情」(https://tripeditor.com/448921)

 以下は4年前のパリの情報。私も紹介したことあるはず。

「立小便対策のエコ便器がパリ市民に不評、景観損なうとの声」(https://jp.reuters.com/article/paris-urinals-idJPKBN1KZ0FI)

 これは1年前。「ライオン・男性の小用スタイルに関する実態調査2021】実験で判明!座り派のお家トイレは“フチ裏・便座裏”が汚れている」(https://www.lion.co.jp/ja/news/2021/3627

 最後のはPRらしいが、試しに買ってみる気になった。

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武田邦彦氏の書き込みが面白い

「多くの日本人が知らない対米戦争の「事実」」(https://www.mag2.com/p/news/545833)

 私は彼のメルマガの会員ではない。いつもちょい読みにすぎないのだが、これ読んで彼が参院選に立候補していたことを初めて知った。彼の経歴が「中部大学元教授」になっているのもそのせいか(満79歳といいご年齢ではある)。彼の論説は時にちょっと「?」なところはあるが、今回の彼の指摘で思い当たる文言があった(私が読んだのは2022/7/19のだが、元原稿のアップは2022/3/9:https://www.mag2.com/p/news/531554/)。

 「日本は正義とか恩とかを問題にするけれど、アメリカ人は歴史も浅く、「お金」がすべてだ。表面上は「正義、自由」などと言うのでついついそれに気を取られるが、実際のアメリカの行動はお金だけだから、本当はわかりやすい。」

 日本についての前言はともかくとして、アメリカについての言説はその通りかもしれない。いやそうだ、という気がしてきた。

【追記】2022/7/23:今、テレビのムービープラスで「大統領の執事の涙」(米国映画、2013年)をやっている。こんな歴史を持つアメリカに偉そうに人権などと言われたくない気持ちはよくわかる。分かりすぎるくらいだ。

 欧米列強(+日本)の居直りを許すな、という視点からは、以下参照:前川 一郎「いま世界で「歴史問題」が炎上している理由:植民地主義忘却の世界史とグローバル化の背景」(https://toyokeizai.net/articles/-/367246):2020/8/7

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宗教と政治:旧統一教会問題に寄せて

 オウム真理教の大暴走のとき、世間は挙げてかの宗教を非難した。確かに暴走は非難されるべきだったが、世の宗教関係者は、キリスト教は、ムスリムはあんなエセ宗教とはまったく違う、と連呼していた。そうしなければ非難が自らに及びかねないと判断したからであろう。私はその風潮に対して、それはおかしい、宗教の一面にはそのような狂気が抜きがたく潜んでいる(「狂気」という語がきつければ、「直情」といい直してもいい)、ある意味でその非日常性が宗教の原動力なのに、それを否定してどうする、とどこかで書いた(ないしは、つぶやいた)記憶がある。しかし今それを再論するつもりはない。

 これは宗教に限ってのことではなく、なににしても同じことだと私は思うのだが、対象を内から眺めることなしに、その対象の本質には触れることはできない。逆に、内部に取り込まれた認識からは外部の常識が非常識に見えてしまう。研究者の難しいところは対象と付かず離れずの関係を維持していくことだ。しかしこの営みは内部からも外部からも攻撃の対象となる、実に困難な道なのである。

 宗教団体を知らない人が宗教を論じると、自分の都合に合わせて過剰反応しがちとなる。生半可な知識で攻撃して恥じないからだ(世論も味方するはずとの打算が見え隠れしているし、それを聞いた信者は「またウソついている」となる)。彼らの分析は不可避的に的をはずして上滑りするのが常である。では内部事情を知っているはずの信者の判断がいつも正しいかというと、これも問題ありとなる。組織防衛が先に立って都合が悪いことには蓋をしちゃうからだ。では元信者はどうか。それが試される試金石が2022/7/20掲載の、以下のような気がする。

 仲正昌樹「安倍氏と統一教会は「ズブズブ」だったのか? 元信者が自ら明かす“実態”」(https://www.mag2.com/p/news/545895?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000001_wed&utm_campaign=mag_9999_0720&trflg=1)。

 一読して、かなりいい線いっているように思えた。ただ彼が参加していた時期に限っての見聞においては、としておいたほうが無難である。宗教(理念)と違って、宗教団体、特に新興宗教団体は彼も書いているように実に不安定な動体なので、次々に変容していく存在と考えた方がいいからだ。

 その点、既成宗教団体とは牙を抜かれた猛獣のような存在といっていい。図体がいかに恐ろしげにみえてもすでに去勢されたこけおどしで、集金システムだけはそれなりに機能していたりする。それに幻滅したメンタリティがいわゆる「新宗教」に惹かれていくのである。

 いずれにせよ、彼の著作『統一教会と私』が我が図書館に所蔵されているようなので、明日借り出してみようと思っている。

【追記】上記の書籍は、アマゾンで調べたら現在売り切れで、補充も未定となっていたが(時節柄売れていたのかも)、我が図書館所蔵のものは学生の関心が薄いとみえて借り出されておらず、表紙に折り目もついていない新品同様で、首尾よく私の手元に入った。借り出し期限は10月19日まで。帰りの地下鉄を含めざっと5分の2を読んだところだが、至極ごもっともな筆致で抵抗なく読めている。普通では書かれない個人レベルの心情の揺れも包み隠さず吐露していて、それには誠実ささえ感じることができる。  翌日読了:読んでいくとどうも初版ではないらしいが、奥付にそれは書かれていない。改訂新版というべきか。2022/7/28:なお、今現在は入手可能。

 宗教団体の実態は強固な一枚岩ではない。メンバーたちは出身社会層で自ずと意識が異なってくるし、組織側もそれを十分知っていて異なった活用を考えていたりする。このあたり普通の会社が社員の有効活用を考えているのと同様だ。この本の著者は、結果的に統一教会で自己実現できなかったわけだが、語学が得意な高学歴者としての活用が計られ、それが離教へと繫がっていった。これがしがない社会層だったら集金要員で終わっていたかもしれない。しがない信者の中には、その役目を忠実に果たさないと組織からはじかれる恐れで駆り立てられる者も出てくるだろう。社会問題化するのはそういう人たちの行動の場合が多いはず。

 私は何回か出身大学で集中講義をしたことがあるが、その主要テーマは私の持論の、ローマ帝国内でのキリスト教の政治的上昇のからくり、だったりしたのだが、あるとき一番前の席で熱心に聞く男子学生がいて、質問もしてきた。しかし他の学生たちの彼に対する微妙に見下したような反応(露骨にせせら笑うような感じ)を妙だなと思っていた。集中講義が終わった時に、その彼が話したいというのでいっしょに鷹野橋手前の喫茶店に連れて行かれた。そこには他の学生たちも来て、彼らが原理研究会の連中で、ああそういうことかと。彼らはあれこれ夢を語ってくれたが(その中には、第三世界での井戸掘り活動とか、日韓トンネル構想とか、今の「一帯一路」・シルクロード経済ベルト的な構想もあった)、私は「30歳近くになるといずれ教義に疑問に思ったり、組織とぶつかるようになるときが来る、さてそのとき君たちはどうするかな」と、かつての自らの体験を吐露して、まあ軽くあしらって終わったのだが、そういうことがあった。その後の接触は皆無だった。さてあの時の彼らは今どうしているのだろうか。

 教祖の死亡、教祖一族の遺産相続問題での内紛、それに識者信者層内の分裂(特に教祖による北鮮評価の変化を転機とした)、と、ご他聞に漏れず他の宗教団体と同様な問題を抱えているようだ。それで納得できたのだが、私が時々覗いてみるブログに書き手が同系列の、しかしおそらく反主流の『世界日報』系の人らしいものがあって(http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/52336567.html)、しかし論旨に全然と言っていいほど色を感じなかった理由もそのあたりにあったのか、と(以下参照:https://mainichi.jp/articles/20220802/k00/00m/010/137000c?cx_fm=mailhiru&cx_ml=article&cx_mdate=20220803)。

【追記2】

2022/7/22「旧統一教会は「日本にだけ献金要求が大きかった」元信者の大学教授が理由を解説」(https://news.yahoo.co.jp/articles/364c9907be412f60e907f61fc3f78dbfb9711d2b)

仲正昌樹(1963-)

【追記3】以下は、読書会メンバーからの質問「統一教会ってキリスト教なんですか」に答えた返信です(一部付加修正)。

「私はこの問題を宗教史的観点から見ています。
 そもそもキリスト教は、ユダヤ教の中から出たわけですが、イエスを神であり救世主としたので、ユダヤ教の異端とみなされ、迫害もされました。にもかかわらずキリスト教は成長してきました。
 なのでユダヤ教から見るとキリスト教はユダヤ教の「異端」といえる存在です。
 
 統一教会は教義の中心を旧約聖書から採用してますので、アメリカのモルモン教(独自の教典「モルモン書」を持つ)同様、キリスト教とまったくの無関係とはいえない存在ですが、教義的に新約の不完全さを全うする教祖の文鮮明を救い主にしているので、現在のキリスト教主流(カトリック、正教、プロテスタント)からは異端視されています。

 成長途上の新宗教が先行既成教団に対抗する場合、その時代の許容範囲を超えた活動に走るのはよくある事態で、統一教会の霊感商法などもその一つだと思います(真理オウム教も同様です)。世間的にみると、それで人生を棒に振る信者もいるわけですが、本人はそれを神から与えられた「試練」ととらえて、さらにのめり込む場合もあるのです。
 「カルト」といわれる団体は分派特有の直情型の行動形態をとりますが、何らかの形で先行する既成宗教の影響を受けているので、統一教会も大きな枠ではキリスト教に含まれるわけです。

 今は正統派になっている集団も、そうなる以前はご同様の行動パターンをとる信者がいて、彼らのほうが一般の信者よりも教勢拡大に大いに貢献していたのだけど、教団がそれなりの大きさになると、今度は社会的認知を得るために、彼らを「狂信者」「異端」として排除するという手のひら返しをするわけです。
 まあ創価学会も昔と比べればやたらおとなしくなりました。社会常識に順応した宗教団体への過渡期にあるわけです。巨大なだけに、今に分裂するか内実を失っていくはずです。

 文鮮明は生前に七男の亨進を後継者に指名したが、死後に、教団は妻の韓鶴子が継ぎ(実際は長老たちに担がれてのことらしい)、三男の文顕進もメシア宣言して「グローバルピースフェスティバル財団」を分派、継承権を奪われた七男の文亨進は「サンクチュアリ教会」としてアメリカで活動し、なんと「銃」を重視した宣教しています(トランプの支援者でもある)。この七男は6/25からちょうど来日していたようですが(私は最初、「銃」がらみで狙撃犯はこの分派所属と思いました)、まあ教祖一族をねらっていたけど3つに分派しているのなら誰殺しても無意味なので(誰をやっても残りの二人が喜ぶ)安倍を狙ったということらしい。
 ご興味あれば、以下をご覧下さい。
https://aruda.hatenablog.com/entry/20220709
https://cult110.info/news/moon-hyung-jin-japan/」

 この最後のHPは「キリスト教異端・カルト情報サイト:異端・カルト110番」と銘打っており、キリスト教関係のあやしい集団についての専門サイトのようです。

【追記4】2022/8/1「統一教会がカネ集めに使った「日韓トンネル」:騙されて3億7000万円出した人も」(https://news.nifty.com/article/domestic/society/12280-1781726/)
 この記事読んで思い出した、私が鷹野橋の喫茶店で聞いたのはこれだった、と。「大陸横断鉄道」だったのか「国際ハイウェイ」だったのか、はもう忘れてしまったが。
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アウグスティヌスの内妻だった女

 アウグスティヌスは、親元を離れてのカルタゴでの遊学生活の中で16,7 歳で同棲していた女性がいて、18歳で一子を得ていたが、14年後にミラノで望外の立身出世を果たした彼は母の強い意向で内縁関係を解消した経緯があった。この事情は彼の『告白』(IV.2, VI.13-15)から伝えられてるわけだが、なんとその離別から10年以上経って、ヒッポの司教になっていたアウグスティヌスに、かの女性から書簡が送られてきていたという。それが”Floria Aemilia Aurelio Augustino epistcopo Hipponiensi Salutem”であることを、私はググっていて初めて知ったのである。

 もちろん歴史学的にそんなものが残っているわけではない。ノルウエー人作家Jostein Gaarderの創作小説なのだが、その邦訳が1998年に堂々たる出版社から出されていたことを今頃になって知ったのは、私の不覚である。

 ヨースタイン・ゴルデル(須田朗監修・池田香代子訳)『フローリアの「告白」』日本放送出版協会、1998年、¥1600。

 あまり売れているようには思えず、今でもアマゾンで定価よりも安く売りに出ているので、興味ある人は急いで購入すれば破格の値段で入手できるはず。

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世界キリスト教情報第1643信:2022/7/18:バチカン新メンバーに女性登用

≪ 目 次 ≫
▽教皇、司教省の新メンバー中に女性3人を任命
▽教皇=「教会の召命、教会の喜びは、宣教にある」
▽米・パレスチナ=首脳会談で「2国家解決」協議
▽中南米大学ランキング上位10校中7校がブラジル勢
▽ブラジル・サンパウロで大火災発生=伝統ある教会など被害に

 今回は最初の件を紹介する。
◎教皇、司教省の新メンバー中に女性3人を任命
【CJC】教皇フランシスコは7月13日、教皇庁司教省の新メンバーらを発表、この中で女性3人(修道女2人・信徒1人)を任命された。

 教皇がこのたび同省のメンバーとして任命された女性たちは、ラファエラ・ペトリーニ修道女(バチカン市国行政庁次官・聖体のフランシスコ修道女会)、イヴォンヌ・ランゴア修道女(サレジアンシスターズ前総長)、マリア・リア・ゼルビーノ氏(世界カトリック女性団体連盟会長)。

 教皇は、ロイター通信のジャーナリスト 、フィリップ・プレッラ氏によるインタビューの中で、教皇庁の要職における女性の積極的な登用に言及していた。

 これにより、司教省が取り扱う、教区に新しい司教を選ぶプロセスに、女性たちも加わることになる。

 教皇は、教皇庁司教省の他のメンバーとして、アンデルス・アルボレリウス枢機卿(スウェーデン・ストックホルム司教)、ホセ・アドビンクラ枢機卿(フィリピン・マニラ大司教)、ジョゼ・トレンティーノ・デ・メンドンサ枢機卿(バチカン図書館・総館長)、マリオ・グレック枢機卿(シノドス事務局・事務局長)の4人の枢機卿を任命した。

 また、アーサー・ロシュ大司教(典礼秘跡省長官)、兪興植(ユ・フンシク)大司教(聖職者省長官)、ジャン-マルク・アベリーヌ大司教(仏・マルセイユ大司教)、オスカル・カントーニ司教(伊・コモ司教)ら、8月末の公開枢機卿会議で新たに枢機卿に叙任される大司教・司教4人、さらに3名の聖職者3人を任命した。□
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広島の季節の味、小イワシの刺身

 帰省のたびに食べたいと思っているのだが、メニューに書いてあっても「ありません」、はては「今禁漁の時期でして」と言われ続けてきて、はて、大昔小イワシに禁漁の時期なんかあったっけ、と。全部母任せだったし、大昔は草津からおばちゃんが箱車を押して行商でやって来て、竹べらをU字にしてその場でしごうして(さばいて)くれてたよね。だけどそれは本当に大昔のこと、僕が10台のころまでだったっけ。最近はもっぱらスーパーで買う。

 確かちょっと前だと、産地を見たら三重だとか富山とか書かれていたので、海流が北上して広島では取れなくなったのかと思っていたのだが。ところで小イワシはいわゆるカタクチイワシのことで、足が早いので普通は煮干しにしちゃうのだけど、なぜか広島では刺身なのである(天ぷらもあるが)。栄養豊富でよそより大きくなるのだそうだ。

 で、6月10日が漁解禁日とかで(https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/174677)、わたしゃ前回の帰省が6/9までだったので、意図せず食いっぱぐれたのだが、さて今回はと勇んでさっそく近所のスーパーに行ってみたら・・・、山ほどあった!

 ただし、どっさりと見えたのは未加工のもので、こっちは100gあたり98円とお手軽な値段なんだけど、刺身用に3枚にしごうして(おろして)あるほうは、なぜか正味量は不記載で(どうみても100gかな)価格は税込みで430円と・・・。かなり手間賃とられている感じがしてしまうが、しょうがない。1パック買って、あとは鯛のあら炊きも1パック買って帰る。これが今晩のおかず、というより酒の肴。

 昔だと青臭さがちょっと残っていて、それが季節の味だったような気がするのだが。ま、昔を思い出して、遠い記憶を食しているようなものだが、とにかく今年も無事食べることできた(次回帰省予定は9月下旬なのでもう終わってるはず)。さて来年はあるのだろうか。

 みなさん安いの買って自分でさばくのだろうか。かなり油がつくので、よほどのお年寄りでないとしないような気がする。ひょっとして翌日には「小イワシの天ぷら」に変身して総菜売り場に再登場するのかな。

 上記を書いた後、今年の3/10にもこれに触れていたことを思い出した。そこでの写真は10年前のものだが、地場ものは380円だったようなので、まあそう値上がりしたわけではないようだ(とはいえ量は少なくなっているような)。

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ウクライナ人は、庶民もしたたか

 以前、大統領が戦争で馬鹿儲けしているという情報を紹介したことがあるが、その前にもウクライナに出稼ぎに来ていた外国人労働者が、難民を装ってドイツなんかに入り込むいいチャンスとやっている、という情報もあった。

 今回は、日本に難民としてわずか20名くらい来た中から、すでに行方不明者が出ている、彼女らはどうやら観光目的だったらしい、というニュースが。「「ウクライナ避難民」2人が群馬の滞在先から失踪 支援制度悪用か」(https://mainichi.jp/articles/20220714/k00/00m/040/152000c)。

 そう、ウクライナ人は、上から下までみなさんガッツあるんですね。

 ちゃんと身元調査もせず、渡航費なんかも負担して、やっぱり日本人って世間知らずのお人好し、なんですね。

【追記】7/18に以下のニュースが流れた。

【7月18日 AFP】(https://news.yahoo.co.jp/pickup/6432903)

ウクライナ大統領、検事総長ら解任

 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー(記事&category%5B%5D=ワールドカップ&category%5B%5D=五輪”>SBU)トップを解任したことを明らかにした。

 解任されたのはイリーナ・ベネディクトワ(記事&category%5B%5D=ワールドカップ&category%5B%5D=五輪”>Ivan Bakanov)SBU長官。

 ゼレンスキー氏は国民向けの演説で、国家反逆行為を働き、ロシアに協力している疑いがある当局者650人以上について捜査を進めているとし、そのうち60人はロシアの占領地域にとどまり、「わが国に背く活動をしている」と語った。

 その上で、対ロシア協力者が多数に上っているのを受け、「国家安全保障の根幹に背く犯罪が相次ぎ、ウクライナの法執行当局者とロシアの情報関係者が関係を構築していることで、責任者には重大な疑義が生じている」と解任理由を説明した。(c)AFP

 私のような素人からすると、政権側が公表しての戦時中の検事総長や保安局の粛清はただ事ではない気がする。いずれにせよまず眞相が明らかにされることはないだろう。今、日テレの「深層ニュース」を見ているが、いつものメンバーで、男性コメンテータを除いて相変わらず「身びいき」がすぎるように思う。

 4日遅れで毎日新聞も報じている、ただし露軍の停滞を並記しつつだが。「ウクライナ、隣にいる“敵”:情報機関幹部が内通「衝撃の成果」」(https://mainichi.jp/articles/20220722/k00/00m/030/219000c?cx_fm=mailasa&cx_ml=article&cx_mdate=20220723)

高島康司

5/22発信:「「ウクライナ勝ち確」は本当か?日本メディアが報じない、海外専門家3名が語る戦況」(https://www.mag2.com/p/money/1190398)

6/4発信:「ウクライナの敗色濃厚?欧米メディアは掌返し、日本では報道されない本当の戦況とロシアの勝利条件」(https://www.mag2.com/p/money/1195362)

島田久仁彦「欧州で加速するウクライナ“忘れ”の現実。なぜ熱狂は一気に覚めたのか」(https://www.mag2.com/p/news/544800?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000001_mon&utm_campaign=mag_9999_0711&trflg=1)

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テヴェレ川の戦略地点を探る

 今、法事絡みでちょっと早めに帰省している。ヒマというわけではないが、実家に置いてあるiMacのデスクトップをいじっていると、以前の仕事で集めたけど忘れ果てていた史資料が埋もれていて、なんだかもったいないネタがあれこれ転がっていたりする。研究雑誌には野放図に画像を掲載できない事情があるが、その落ち穂拾いで論文に掲載したかったものを、ひとつ紹介したい。

 以前『軍事史学』第54−2、2018年に、「三一二年のコンスタンティヌス軍」を書いたことがあった。その時の私の論述のキモのひとつは、312年10月28日のミルウィウス橋決戦において、迎え撃つマクセンティウス側にとってテヴェレ川の蛇行が重要な防衛拠点になっていたはず、という着想にあった。私は幾度か現地を訪れ、最終的には歩道のない自動車道をひやひやしながら歩き通して自分なりの確信をえた(せめて自転車で軽快に移動したかったのだが、実際にそんなことしたら車が文字通り疾駆しているので危険きわまりない冒険になっていただろう)。論考では地図でそれを簡単に示しておいたが、今般その時のGoogle Earth画像が出てきたので、それを開示する。ただし2013年段階の画像なので(我ながらこのネタ長く寝せていたんだなあ)、現在のそれとは表示が異なっていることをお断りしておく。どなたでもグーグルで距離も測ったりして追体験できるので、実際に試して頂ければと思う。

 フラミニウス街道Via Flaminia を一路南下してきたコンスタンティヌス軍は、決戦を前に帝都から20キロ直前のMalborghetto付近の丘陵地に数日間滞留していたが、28日早朝に進軍を開始する。直線で約6km緩い坂を下ったところで、かつてのアウグストゥスの皇后リウィアの別荘に至るのだが、ここまでくるとそれまで左手に見え隠れしていたテヴェレの流れをようやく手近に見ることができたはずだ。この別荘は舌状台地の南端に位置していて、そこを下る街道は現在でもやたら狭い切り通しで(だから自動車道は東でトンネルにもぐっている)、その真下がPrima Portaであり(このあたりのことは、このPHでの、「【余滴】コンスタンティヌス大帝1700周年記念関連貨幣・切手資料紹介:今年は何の年?」、p.16-17;上記『軍事史学』の画像補遺、p.7-10に、かつて書いた)、そこにはテヴェレ川に注ぐ支流が西から流れてきていて、現在の鉄道ノルド線のプリマ・ポルタ駅はその上をまたいでいる。実際にはおそらく前日までにそこまで進出してきていたマクセンティウス軍はコンスタンティヌス軍進発に呼応してその台地を急登し、現在の大ローマ市民墓地Cimitero付近で東西に展開して布陣し、コンスタンティヌス軍を待ち受けていたと考えられる。テヴェレ川はこのあたりで大きく東側に蛇行しているので、マクセンティウス軍からみて右には広い空間が開けていたことになる。但し当時は遊水池の河原の不毛の湿地帯だったかもしれないが(当然、往時に川筋が今のままだったと考える必要はないが、今と似たようなものだったと想定しての話である。以下同様)。

中央やや左に見える眼鏡状の自動車道の立体交差(その北の先ですぐにトンネルにもぐっていることにも注意)のすぐ左上が別荘、その左にPrima Portaのアーチ遺跡がある。

 その後テヴェレ川の川筋は西に動き、フラミニア街道に接してくる。そして、街道と川筋が最も接近する箇所が下図付近。現在は両脇を自動車道で挟まれて鉄道線路も平行しているが、昔の街道筋がどちらにあったのかは不分明だが、いずれにせよ、西側はちょっとした崖なので、川筋と街道はかなり接近していたことは確か。そこで私はマクセンティウス軍の防御線がここに置かれたと想定した。崖から川まで最短で40mほどしかない。そしてその手前(南)にはやはり蛇行しての若干の空き地があるので、そこにそれなりの軍勢を待機させることも可能だったはず。

右の写真の自動車道は2車線ずつ左右に見えるが、その左にさらに鉄道線路ともう一つ道路が平行して走っている

 この防御線から南に直線で約270mの地点でテヴェル川はまたもや右に急激に蛇行し始め、現況では約110mを経てまた戻って来る。この北側の隘路を採るか南側を採るかが問題だが、私は背後の空き地に部隊を配置することできるので、北側に防御線を張ったのではないかと想定してみたが(川まで260m)、どうだろう。南側も場所によっては西を塞ぐ丘もあって北側に比べると60mは幅が短くなっているのだが。

 ところで、Aurelius Victor,40.23には以下のようなくだりがある。マクセンティウスは「首都からサクサ・ルブラへと9ローマ・マイルほど辛うじて進んだところで、戦列がacie 粉砕され caesa」た、と。ここでのSaxa Rubraとは元来このあたりを示す地名と考えられているので(現在のノルド線の駅名と合致しているわけではない。また上記【余滴】で触れたピウス10世による顕彰ラテン語碑文設置場所はプリマ・ポルタ駅近くなのだ)、一説にはマクセンティウスはこのあたりで敗北を喫したとされる場合もあるが、地形的に決定的戦場とは思われない。

 その防御線を突破されたとき、帝都ローマの城壁以前の最後の守りはいうまでもなくテヴェレ川を渡河するミルウィウス橋ということになるが、そこに至るまでにテヴェル川はまたもや大きく東側に蛇行して、ローマ・オリンピックの時に陸上競技場などが設置された広大な平地を提供している。ここは現在Tor di Quito公園となっていて、古来幾度か戦場となった場所である。コンスタンティヌス軍とマクセンティウス軍が激突した主戦場がここだったと考える研究者もいるほどなのだが、私はむしろマクセンティウス軍壊滅の場所だったのではと考えている。その後のミルウィウス橋の戦闘とは、潰走するマクセンティウス軍を追撃するコンスタンティヌス軍の掃討戦にすぎない。とはいえ敵将マクセンティウスをそこで溺れ死にさせたという記念すべき戦場ではあった。

フラミニウス街道はローマ市内から北上し、左隅でミルウィウス橋(赤丸1つのほう)を渡り、一旦北上したあと右折して川筋にいたる

 というのは、これは論文に書いていないのだが、コンスタンティヌスはプリマ・ポルタ攻防戦のあと、自軍の出血を避ける手立てとして、マクセンティウス軍がフラミニウス街道に幾重も仕掛けた防御線を迂回すべく、軽騎兵連隊を放って西側の間道を疾駆させ敵の背後をついて、一挙にこのTor di Quito地区に殺到させ、いち早くミルウィウス橋を渡河して対岸に達しせしめたのではと密かに思っているからだ(それをうかがわせる文書史料など一切ないが、マクセンティウス側の内通者の存在は別途指摘しておいた:たぶん彼らが詳細な間道情報をコンスタンティヌス側に漏らしたのでは:「裏切り者は誰だ!――コンスタンティヌス勝利のゲスな真実――」『地中海学会月報』389, 2016/4)。こんな突飛とも思われかねない仮説を本気で考えざるを得なかったのは、コンスタンティヌスのアーチ門の南面右のレリーフ右端で、合図のラッパを吹いているあの二人の兵士をどう解釈すべきか、に関わっての想定なのである。あれはどう見てもコンスタンティヌス側の進軍ラッパである。それが橋を潰走するマクセンティウス軍より先に渡河しているのだから、奇妙なわけなのである。

 このような私の間道仮説の当否は別にして、テヴェレ川の複雑な蛇行を利してのマクセンティウス軍の防御線構築論は納得頂けたであろうか。

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金子史朗を読む

 といっても私はそんなに熱心な読者ではない。かつて旧約や新約に出てくる大災害に触れた聖書関係や、専門に関わる『ポンペイの滅んだ日』(1988)や『レバノン杉のたどった道』(1990)をざっと読んだことあるくらいで、まあ内容が内容だけに、天変地異をテーマにした一種のきわものを扱う理系の人、といった印象だった。

 最近になって、ポンペイがらみでウェスウィウス火山についてちょっと知りたくなって文献検索していたら、氏の『火山大災害』古今書院、2000年、がヒットし、我が図書館の所蔵を借り出したかったけど、返却日失念しての罰則期間だったりして(最近これ多くなってまして (^^ゞ:連絡ないので一ヶ月も放り投げてた)、関係箇所(第1,2章)だけコピーしてこのところ読んでいる。そして、誠に遅ればせながら、おやっと思ったのである。

 改めて著者紹介を眺めた。1929年東京都生まれ、東京文理科大学地学科卒業、都立高校教師の後、科学ジャーナリストに転身、これまで実に多くの著作を書いている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%AD%90%E5%8F%B2%E6%9C%97)。

 ご存命とすれば93歳、書かれた最近のものは2004年のようだ。そしてHP「金子史朗の足跡」(http://wwwc.dcns.ne.jp/~dende/top.html)もみつけたが、表紙だけの作成でおわってしまったようで、残念至極。その更新履歴は2009/1/19となっている。80歳でHP作成を思い立ったその気概には敬服する。出版社が本を出してくれなくなった(これまでの編集者もリタイアするし)、本が売れなくなったというような事情もあったのかもしれない。

 HP掲載のお写真

 氏が東京教育大学出身というのはなんとなく記憶があったのだが(実は何を隠そう、はるか昔そこの受験を考えたこともあったりしまして)、卒業学科が地学科というのはまったく失念していた。今回業績一覧を拝見すると、30台半ばからの論考類はあたりまえのことだが地理や地質学的な内容で、最初の著作も『構造地形学』(古今書院、1967)であった。業績リストに「1962 北海道大学提出学位請求論文」とあったので、気になって北海道大学で調べたら「理学博士(旧制)、学位授与年度1961」とあって(主査はたぶん火山学の大家・横山泉氏だったのだろう)、だけど彼は著作の履歴にそれを全然書いていない。体制順応型の私など、そこから氏の在野研究者としての反骨気質を感じてしまう。提出したらくれるというから出しただけで、だからどうなのさ、というような。

 それはともあれ、『火山大災害』を読んでいると彼の専門分野が遺憾なく発揮され、歴史系の私にとって重箱の隅で若干引っかかる箇所がなきにしもあらずとはいえ(p.71以降で、ポッツオリの遺跡を「セラピス神殿」としているが、あれは正確には神殿ではなく「市場」macellumとすべき;p.73の「ベスゼオ」って誤植?)、たいへん勉強になった。というよりも、第2章でカムピ・フレグレイに関して邦語でこれほど紹介しているのは、彼が初めてではないか。後進としてはあらかた書かれてしまった感じで、今後、火山学・地質学的な知見では隅の親石と定めざるをえないだろう(ま、年月経ているので研究の進展はあるだろうが)。

 ところでカンピ・フレグレイをググっていたら、以下の記事をみつけた。「超巨大火山に噴火の兆候、イタリア:イタリア国立地球物理学研究所が発表」(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/122700499/)。この記事の発信は2016年12月28日である。あれから5年半。何も起こっていない(Solfataraで家族3名が転落事故死したのは翌年の9月だったが)。火山学にはこのような間尺が長く時間的偏差がつきもので、となると非科学的とのレッテルも貼られやすくなる。一方で気を緩めていると福島原発みたいに「想定内」だった津波に襲われて大惨事となるわけで、万一をおもんばかって警告は発しないといけないし、狼少年になりかねないし、難しいところだ。

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安倍晋三の毀誉褒貶

 私から見て面白い記事に出会った。登録すれば無料で読めるはずだ。

谷口智彦「安倍元首相のスピーチライターが見た「アベノミクスの光芒と無念」」(https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00030/071100398/)

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