四週間毎に薬をもらいにいく医者には、行く度に「肝臓の数値が悪いですね、酒どのくらい飲んでますか。(えっ、ほとんど飲んでませんが) 飲んでないとすると脂肪肝でしょう。一日30分は歩きなさい」といわれ、そのたびごとに「はい」と返事するが、実際にはマンション出て歩いて2分のコンビニやスーパーに行くだけではあはあ状態で、ちょっと遠くに出てもいっかな快楽物質が出ず、一貫して苦しいので、私にはもう快楽物質は枯渇化したのだろう、と勝手に結論づけてきた。
一回歩いて、翌日くたびれて、数日後家に居て、そして歩いたってそりゃ快楽物質はでない、とわかっているのだが、目前の苦痛が継続の意欲を削いでいるのである。
遺跡を歩くといった目的があれば3万歩でも頑張って歩くのだが、無目的な「ご近所の散歩」にはどうしても忌避観が。
ところがこのところ、日曜1万1千歩(学会大会でむりやり雑司ヶ谷:あと昼間から池袋で飲み会で夜は死んでいた)、月曜7800歩(我孫子で読書会に往復:帰り疲労困憊)、火曜4300歩(練馬の銀行窓口まで、帰りは地下鉄)と、連日ちょっと遠出することが重なっての火曜日のこと、なんと久々の快楽物質放出を体感したのであ〜る。
この調子で毎日外出すれば調子いいので、体重も減るかもしれないが、問題はパソコンの前に坐って作業するのではなく(金曜日の読書会の準備しなきゃいけないのだが)、えてしてテレビの前に坐っていつの間にかうたた寝しているので、リタイア仕事とはいえ作業にならない現実がある。火曜の夜も、ちょっと頑張ると緊張感を持続できず作業中止し、見たくもないテレビの前に坐ってしまうという現実がある。ま、緊張感が継続できないのはいつものことなのであるが。
今の私には、継続的に読書会のレジメ作成という作業が必要なので、本の内容をまとめるためにはパソコンの前に坐ってないといけない、しかし前戯としてパソコンでメールの処理をしなければならないし、関連でググって検索なんかもしたりして、気がついたら今みたいにブログに書き込みしたりして、時間は野放図に流れてゆくのである。そうこうしているうちに歩くことなく日は暮れてゆく。
さて今回、水木をなんとか4,5千歩で凌ぐと四谷での読書会に繋げることできるのだが。練馬まで往復すれば任務完了であろうが、はたして無目的なそんな散歩をするだろうか。やったとしても、来週は予定ゼロなので、そこで断絶する可能性は大である。あ、図書館に行く用事あったっけ。先延ばししないで行くかな。さて行くだろうか。
今朝、以下の記事をみつけて書いた。https://president.jp/articles/-/113229?cx_referrertype=mail&utm_source=presidentnews&utm_medium=email&utm_campaign=dailymail
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