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新規・読書会へのお誘い

 現在、隔週で『ペルペトゥアの殉教』を読んでいる読書会(四谷駅近、イエズス会日本管区・岐部ホール・3階の304で90分)が次回で終了します。参加者(5名)と相談して、その次に読むテキストを以下にしました。

 土岐正策・土岐健治訳『殉教者行伝』(キリスト教教父著作集22)、教文館、1990年。

 翻訳出版されてもう30年になるんですね〜(柄にもなく、遠い目・・・:私が老人になるわけだ:底本のH.Musurillo編は更に古くて1972年出版)。「日本の古本屋」をみると数冊出ていて、原価5500円でしたが、かなりお安く購入できるようです。 試みに銀座の教文館書店にアクセスして見ると、新刊在庫もないわけではないようです。

 新規参加をご希望の向きは、気楽にお問い合わせ下さい。k-toyota@ca2.so-net.ne.jp

 初回は、3/12(木)午後6時から90分ですが(以降、基本的に隔週開催)、どこから読み進めるかは現在未定ですので、興味ある方は前もってメールでご連絡ください。

【付記】他に、読書会2つやってます。一つはラテン語で現在エウトロピウス『首都創建以来の略史』全10巻の読み直し(毎週火曜日・午後6時から2時間:渋谷駅近かの貸会議室で:翻訳進捗状況は、本ブログの2019/10/24欄に掲載中)を、もう一つはJR我孫子駅横のけやきプラザ8階で、月1(基本、最終月曜)の午後2時から90分(次回は2/24でこれも新しいテキスト、ブライアン・ウォード・パーキンズ『ローマ帝国の崩壊:文明がおわるということ』白水社、2014年、第1・2章)、やってます。気軽にお問い合わせ下さい。

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感染症の歴史:飛耳長目(27)

 今般の武漢ウィルスの流行で、なんと北朝鮮や大韓民国、さらには中華人民共和国の崩壊・衰退が、ウェブ上に希望的観測からか、それなりの知識人によってまことしやかに書き込まれていますが、まだまだパンデミックといえる状況では全然ありません。文字通り「大山鳴動鼠一匹」*かと(沈静化に努力されている当事者の尽力は言うまでもなく尊く、感染者や死亡者の方々にはお悔やみを申しあげますが)、効果がそうあるとは思えないマスクが店頭から消え去ったり(時節柄、これから花粉症対策で必要な私はたいへん迷惑しております)、またまたマスコミが扇動してちょっとはしゃぎすぎのような気がしてなりません。ま、発生源が憎まれっ子の中国ということもあるのでしょうが。「パンデミックでなく、インフォデミック」https://mainichi.jp/articles/20200205/k00/00m/040/035000c

 20世紀初頭、今とは比べものにならないくらい人々の移動が少なかった時代に、全世界で5千万人とも2千5百万ともいわれる死亡者(死亡者数です、念のため)をもたらしたのが、スペイン風邪でした(実際の発生源はアメリカ・カンザス州の軍施設だったとか)。これこそパンデミック。https://www.mag2.com/p/news/436737;http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/pandemic/QA02.html

 また昨年来、アメリカでは通常型のインフルエンザが猛威を振るっており、感染者数1900万人、死者数一万人を越えている由。これこそパンデミック、なのに、我が国では報道もされず、もちろんいつものよう米国人は入国拒否もされず。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO55312830W0A200C2000000/

 これまでなぜか表だって主張されることはあまりありませんが、感染症が実はかくれた大きな爪痕を歴史に残してきたのは事実です。ヨーロッパ中世のペスト(黒死病)や、大航海時代のインカ帝国住民を襲った天然痘は有名ですが、この視点は西洋古代史でも、後2世紀後半から3世紀の地中海世界の衰退を考える時、有効でしょう。古代世界では、自然環境が自ずと文明圏の境界となり、それぞれ在地の風土病と折り合って生きていましたので、その境界を越えて侵入した外来の一定数の宿主の移動(多くの場合、軍事行動)が,自文明圏に未知の感染症を持ち込み、大流行をもたらしました。政治や経済の変化ばかり取り上げるのではない歴史がもっとあっていいと思っているのですが。昔より格段に危険度は高くなっているのですから。

 お医者さんのこんな書き込みもある。「新型コロナウィルスが他の感染症に比べてどのくらい恐ろしいのか、グラフで比較してみた【COVID-19】【2019-nCoV】」https://kaigyou-turezure.hatenablog.jp/entry/2020/02/16/111145

【参考資料】新型肺炎とSARS、MERSの違い:しかしいずれにせよ、この程度ではパンデミックとはいえないような。

      感染者数  死者数   致死率 患者1人から感染する人数

SARS 8096人 774人  9.6% 2~3人程度

MERS 2499人 861人 34.5% 1人か1人未満

新型肺炎 8243人 170人  2.1% 2.2人程度?

 (出典は、WHOや米医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンなどのデータによる。新型肺炎は30日現在。SARSは2003年の終息時、MERSは19年12月31日現在:https://mainichi.jp/articles/20200131/ddm/003/030/048000c?cx_cp=nml&cx_plc=bnr&cx_cls=newsmail-cp_article):もちろん、中国は統計操作では我が国政府以上に定評ありますので、あてになりませんが。2/13中国発表で、感染者数6万、死者1360 人:一説では今回の実態は10倍とか:となるとすでにパンデミックと言えるかもです。以下は、田中宇氏による悲観論の最たる見解。http://tanakanews.com/200212virus.htm

*あれれ、これって語源が、Horatius, Ars Poetica,139の「Parturient montes, nascetur ridiculus mus :山々が出産しようとしている。一匹の滑稽なネズミが生まれるであろう」で、ギリシア語の諺からのもの、とは知らなかった。「山々」が複数で、「ネズミ」が単数なのがミソか。ところで、私は今日の今日まで中国起源で「泰山」だと思い込んできた。どこで刷り込まれたのやら。

【追伸1】一方でこんなニュースも。ご冥福をお祈りします:「新型ウイルス、最初に警告の医師が死去 中国・武漢」https://www.afpbb.com/articles/-/3267127?cx_part=top_latest&fbclid=IwAR2pBmUoLw09jIMMesQuWcJdPpA8wJht6SlbWgfhkE1DgPFQ_F-7AipdH2E

【追伸2】2月7-9日、法事で故郷広島に来てます。こちらでマスクを買って帰ろうと目論んでいたのですが、のきなみ見当たりません(^^ゞ。2/9に帰京しておやっと思ったのですが、出た時よりマスクしている人がごっそり減っているような。よもや入手不能のため? 2/15:自宅近くのセブンイレブンでマスクが出回り始めた。そのせいかまたマスク姿が増加。なんとなく安心。

【追申3】田中氏の、ますます悲観的な続報、しかし早くも3日後に撤回。これでは所詮素人のインフォデミック。まあ言いっ放しの言論人ばかりの中で撤回するだけましであるが、いずれにせよ知識人を装うのなら悲観論を煽る素人談議的書き込みはやめてほしい。アクセス数を増やすためと言われても仕方ないだろう。http://tanakanews.com/200215virus.htm;http://tanakanews.com/200218virus.htm

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知らなんだ〜かつて多民族帝国だった日本:飛耳長目(26)

 また麻生太郎がアホなこと言った。彼がカトリックであるのが恥ずかしい。本人は前段と後段で言っていることの論理矛盾も感じていないようで。https://www.fnn.jp/posts/00049762HDK/202001141152_seijibu_HDK

 それにしても、下記を読んで、日本が堂々と多民族国家であると標榜していた時代があったことを知った。というか、忘れていた。「八紘一宇」の時代。それを忘れてはならない。いや、思い出して、五族協和ならぬ人類協和に邁進すべき時代になっているのでは。島国根性が染みついている我々には、ほんとうにしんどい作業であるけれど。

https://mainichi.jp/articles/20200204/k00/00m/010/113000c?fm=mnm&pid=14606

【追記1】「自分は元海軍少年航空整備兵であります」台湾軍国少年の愛国心 https://wedge.ismedia.jp/articles/-/18697;https://wedge.ismedia.jp/articles/-/18697?page=2

【追記2】樋泉克夫「明治の反知性主義が見た中国」https://wedge.ismedia.jp/category/meijihanchisei

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世界キリスト教情報1515信:2020/2/3

 今日も2題:

▼元修道女の「シェルター」がバチカンに: 
【CJC】AFP通信によると、カトリック教会から「見捨てられた」後、売春に従事するなどして生き延びた元修道女たちが、バチカン市内の非公開施設で1年以上にわたり保護されていることが分かった。  
 ブラジルのジョアン・ブラス・デ・アビス枢機卿が、バチカンの月刊誌『ドンネ・チエザ・モンド(女性、教会、世界)』2月号掲載のインタビューで明らかにした。  
 同枢機卿は、この施設の存在が、女子修道院から出され、行く当てを失ってしまうといった教会内部での虐待を矯正しようとする教皇フランシスコの願いを明確に示すもの、と指摘している。□
    
▼女性信徒に強制わいせつ容疑で、長崎大司教区の司祭を書類送検:
 長崎県警は2月3日、2018年にカトリック長崎大司教区(長崎市)の女性信徒の体を無理やり触ったとして、強制わいせつ容疑で40代の男性司祭を書類送検した。  
 共同通信が捜査関係者への取材で分かった。男性司祭は事件から約3カ月後に聖職停止となったが、女性は大司教区から正式な説明を受けず、恐怖心が拭えないなどとして県警に被害届を出していた。  
 書類送検容疑は、男性司祭は18年5月中旬、県内の教会の施設内で女性に抱きつき、体を触った疑い。この日、男性は体調不良を訴えミサを休み、医療の知識を持つ女性を呼び出していた。(CJC)□ 

 前者は、こんなこともあるのか、とびっくり。まあ、カトリック教会というよりも、所属修道会から「見捨てられた」、というべきだろう。退会した人たちのアフターケアまで修道会はしないのが普通だからだ。おそらく貧しい家の出身で口減らしで入会し、雑用に従事し、手に職を持たない者が放り出されれば、有りうべき事態ではあるが。なんともはや。

 後者は、以前紹介した件の続報。書類送検で、これではたして一件落着となるのであろうか。

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脳が溶けてガラス化?嘘でしょ:エルコラーノの遺体より発見

 これまで考古学関係でチェックしてきた「Archaeology News Network」の2020/1/23に「Mount Vesuvius Blast Turned Ancient Victim’s Brain To Glass」が掲載されて、わずか4日後に以下の邦語情報が出た。「脳が溶けてガラス化、窯焼きも、新たに浮上したベスビオ噴火の恐るべき死因:2000年前の遺体から読み解く死の真相、議論続く」https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/012700049/

 簡単な原文を邦文のほうはだいぶふくらまして書いているが、それも事情を十分知らない日本の読者に向けて、親切というべきであろう。ただガラス質が見つかったのはただ一体のみ、それもcollegium Augustalium(Ins.VI.21-24)からの出土である。遺体の出土場所は、おそらく(a)から玄関に入って右隅の部屋(e)であろう。ここは最近中を覗けないようになってしまったが、これまでアウグストゥス礼賛会の管理人部屋とされていて、ベッドもあって、1961年にそのベッド上で25歳ぐらいの男性の遺骸が見つかった。オリジナル情報は、以下。『New England Journal of Medicine

右の写真は部屋(e)の内側から北(b)方向を写したもの

 ともかく現段階では、子細はまだ不明としか言いようがない感じだが、室内でもあり、頭蓋骨の破裂時にガラス容器が混入しただけのことのように思われるが、もちろん今回発表した研究者はその可能性も念頭に置いて検討し、だがそう結論しているようであるが、さて。

【追記】この記事、未だ読まれているようなので、2020/4/7の続報を。

 遺体の頭蓋骨から硝子質が発見され、その中から人間の脳組織や毛髪に見られるいくつかのタンパク質と脂肪酸が同定されたという、科学者たちの仮説は、高熱が文字通り被害者の脂肪と体組織を焼き払い、脳のガラス化を引き起こしたというものだ。この遺体は、1961年に当時の所長アメデオ・マイウリが、完全に焼け焦げて灰で埋まった木製ベッドの中から見つけたもの。

 60年振りの再調査で、一連の生体分子およびプロテオミクス分析によって、これらの遺骨の中に、人間の脳や髪の毛のトリグリセリドに典型的に見られる一連の脂肪酸と、とりわけ人間のすべての脳組織に非常に多く見られる7種類の酵素のタンパク質を発見し発見することを可能にした、と。

 実は、考古学の分野でも、医学・法医学の分野でも、このような残滓が発見されたことがないという点で、客観的に見て世界でも類を見ない発見であるが、ガラス固化は考古学で知られているが、これまでのものは、基本的には植物遺体に関するものである。人類学的サンプルの研究はこれからの趨勢と考えられている、とのこと。

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爪が伸び〜る:痴呆への一里塚(16)

 リタイアして、毎日が休日状態になって、なんだか午後二時くらいになると猛烈に眠たくなったりするようになった。このまま死ねたら極楽だなと思っていたら、同じようなことを考える人がいるとみえて、最近以下の文章に出会った。

   「薫風常に吹き来る窓べの寝床に横になって、長い昼の眠りを眠る。ここ二年ほどの間、同窓同期の者の臨終、骨上げに何回となく立ち会った。いづれ順番がまはつて来るのだが、快いこの午睡がそのまま永の眠りにつながつて、仮寝のシテはいつか後ジテに姿を変へと、さういふ具合に終れたらどんなに安気なことかと思ふ。」阿川弘之:安岡章太郎編『滑稽糞尿譚』文春文庫、p.98.

 最近「おや」と思ったのは、あれもう指の爪が伸びてきてひっかかるようになった、ちょっと前に切ったはずなのに、と。 時間感覚がたしかに昔とは違ってきていて、一日があっという間に過ぎるようになったことを、爪の成長で認識するという次第。

 あぁ、そういえば、新年ももう一ヶ月たってしまった。私の残された想定生存時間、あと392週と4日間。

【別件ですが】足の爪が鬼の爪のように厚くなったのはいつごろのことか。気がついたのは2年くらい前のことだったか。今では普通の爪切りでは役立たず、いわゆる若干大型の「ニッパー型」を使っている。母の晩年も施設で切ってもらうようになっていたことを思い出す。

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世界キリスト教情報第1514信:2020/1/27から二題

◎閉ざされたアーミッシュ社会で隠されてきた「性的虐待」  
【CJC】米国版『コスモポリタン』誌と非営利の調査報道機関『タイプ・インベスティゲーションズ』との1年にわたる共同調査で、米国やカナダの一部で自給自足の生活を送るドイツ系移民のキリスト教の1派『アーミッシュ』内で行われて来た近親相姦やレイプなど性的虐待事例が明らかになった。  
 『アーミッシュ』は、その宗教的理念に基づき、米国へ移民してきた当時のままの生活様式を送っている。  
 『コスモポリタン』誌の執筆者は、およそ30人のアーミッシュと警察などの法執行機関の関係者、判事、弁護士、ソーシャルワーカー、学者たちにインタビューし、話を聞いてきた。それらを通じて、アーミッシュのコミュニティにおける性的虐待が、世代を超えて保たれてきた公然の秘密ということが分かった。  
 被害者たちから聞いたのは、不適切な接触、性器を露出されること、レイプなどの話だ。加害者はすべて、被害者自身の家族であり、隣人であり、教会の指導者たちだった。  
 アーミッシュの暮らしに関する研究で知られる、ペンシルベニア州エリザベスタウン大学の再洗礼派・敬虔派ヤング研究センターによると、北米に34万2000人ほどいるとされるアーミッシュは、ペンシルベニア、オハイオ、インディアナ、ケンタッキー、ニューヨーク、ミシガン、ウィスコンシンなど7州の地方部に暮らしている。  
 出生率が高く、コミュニティを離れる人がほとんどいないことから、アーミッシュはアメリカ国内で最も急速に拡大している宗教グループの一つになっている。コミュニティは中央集権的ではなく、教会の“教区”単位で20~40世帯で構成され生活している。そして、筆者が被害者たちから聞いたようなことは、そのいずれにおいても起こっていた。  
 筆者のまとめたところでは、過去20年の間、7州にあるアーミッシュのコミュニティで、子どもが被害者となった性的暴行事件は報告されているだけで52件。しかもこの数字は氷山の一角にすぎないのだ。□
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◎1300年昔の日本に同胞が、とイラン・メディア注目  
【CJC】国営イラン通信(IRNA=英語版)が1月14日、1300年昔の日本に同胞がいたことに注目して、「紀元765年には早くもイランと日本の結びつきを示す発見が」というニュースを流したので紹介する。発見されたのは木簡で1966年、平城宮跡東南隅の発掘で出土した、と日本では報じられている。  
 日本の複数の研究者が、8世紀の昔に少なくとも1人のペルシャ人が奈良に住んでいた証拠を発見した、と語った。  
 日本のNHKテレビによると、古代の木片の一部を赤外線を使用して、研究者は、少なくとも1人のペルシャ人が日本にいたこと、そのペルシャ人は多分、宮廷の教師だった、と判読したという。  
 その木片は、約50年前に奈良の平城京宮殿で出土した。しかし当時は木片の文書を復元する技術が存在しなかった。  
 木片の文書は、聖武帝治下の736年、1人のペルシャ人がシナから日本に来たことを示している。彼を接見した後、帝は彼に位を与えた。  
 研究者は、木片から読み取れる「はしの・きうみち」がそのペルシャ人の日本名と信じている。  
 2017年1月以来、木片は公開されている。奈良は8世紀には日本の文化的首都だった。  
 奈良時代にペルシャ人が住んでいたことを暗示する木片の写真も掲載されている。□

 前者は、まあアーミッシュに限らずどこにでもあることで、と言っておこう。キリスト教信仰なんて、本能レベルを抑えきれず、その程度が実態なのである。ところで、一昨日テレビ東京のドラマ「ハラスメントゲーム」を見たが、私なんか完全にアウト。それにしても冗談も言えず、ぎすぎすと生きづらい世界になったなあ、とつい思ってしまうだめな私がいる。

【追記】https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200117-00010005-cosmopoli-life;https://www.vice.com/jp/article/4w7gqj/the-ghost-rpaes-of-bolivia-text

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 後者は、旧聞に属するが、2016/10/6に報道されていた。「8世紀の日本にペルシャ人の役人か、木簡発見」:https://kaigainoomaera.com/blog-entry-6064.html

 こういう情報に接すると、つい松本清張『ペルセポリスから飛鳥へ』などを思い出してしまう。

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ヤーヴェ神の結婚・離婚報道?:遅報(23)

 1967年に、Raphael Pataiは、古代イスラエル人たちがヤーヴェ神とアシュラ女神Asherahの両方を礼拝していたと言及した最初の歴史家だった。その仮説は、Francesca Stavrakopoulou女史の調査によって新たな光があたることとなった。彼女は、シナイ砂漠のKuntillet Ajrud遺跡で1975/76年の発掘時に見つけられた前8世紀の大甕pithos上に興味深い銘文(むしろオストラコン)を見つけた。大甕は2つあったようで、問題のそれはAのほうで、それが以下である。

右図で、より巨大に描かれ男根ぶら下げているのがヤーヴェ神、右上で横向いているのがアシュラ女神とされる:真ん中の男(ここでは男根なし)は不明
こっちの第三の男には男根がある

 私はヘブライ語を読めないが、研究者によると落書きの上に「サマリアのヤーヴェと[彼の]アシュラ」,即ちヤーヴェ神の妻としてアシュラが並記されていると。  “Berakhti etkhem l’YHVH Shomron ul’Asherato” (“I have blessed you by Yahweh of Samaria and [his] Asherah”

 旧約聖書の「列王記 上」16.29-33には、当代のイスラエル王アハブ(第7代:前869-850在位)が、「シドン人の王エトバアルの娘イゼベルを妻に迎え、進んでバアルに仕え、これにひれ伏した。サマリアにさえバアルの神殿を建て、その中にバアルの祭壇を築いた。アハブはまたアシュラ像を造り、それまでのイスラエルのどの王にもまして、イスラエルの神、主の怒りを招くことを行った」、さらに同、18.19にエリヤがアハブに「今イスラエルのすべての人々を、イゼベルの食卓に着く四百五十人のバアルの預言者、四百人のアシュラの預言者と共に、カルメル山に集め」るよう言っている。要するにこの時期、神殿内にアシュラ像があった、おそらくヤーヴェと対の夫婦神としてだったと思われる。

 こうして、ヤーヴェ神は、かつて女神アシュラと結婚していたが、バビロン捕囚でかの地に単身赴任させられ、遠距離で夫婦関係は疎遠になり、その間ずっと別居状態で、帰国後復縁もできず離婚となってしまった、ということなのだろう。

【追記】以下のような、文字と絵とは無関係とする慎重論も、当然ある。http://www.messagetoeagle.com/ancient-yahweh-and-his-asherah-inscriptions-at-kuntillet-ajrud-remain-an-unsolved-biblical-mystery/

 いずれにせよ、人類創成以来、女神ーー>夫婦神ーー>男性神、といった神々の進化論の系譜からすると、ユダヤ教とて、女神時代、夫婦神時代があって一向に不思議ではないだろう。

 古い翻訳だが、ゼミでも輪読した以下を思い出してしまう。J.G.フレーザー『旧約聖書のフォークロア』太陽社、1977年(原著1923年)。さらに、永橋卓介(『イスラエル宗教の異教的背景』(基督教教程叢書 第13編)、日獨書院株式会社、1935年;『ヤハウェ信仰以前』国文社、1969年、など)も忘れがたく忘れたくない先駆者。彼は、フレーザー『金枝篇』の翻訳者でもある。いずれもまだ古書で入手可。

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緖方貞子氏

 1/18のETV特集「すべての人々に尊厳を:緖方貞子が遺したもの」の再放送を見た。前例に従って難民を見殺しにするのか。怒りを力に替え、最も弱い立場の人々を救おうと、「人道支援」の枠組みを変え、現場に乗り込む度胸があった女性。1990年代に10年に亘って国連難民高等弁務官、その後10年ジャイカ理事長として活動。「内向きになってはいけない」。キャスターの国谷裕子さんを久々にみたのも収穫だった。

https://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=200&date=2020-01-18&ch=31&eid=14633&f=20

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