投稿者: k.toyota

健康寿命と平均寿命

 以下の表の数字は今から5年前の統計らしいが、まあそのころはまだ統計をごまかすことはしていなかったとして、一応数字を信ずることにしよう。

 2020年に日本人の平均寿命は女性87.74歳で世界1位、男性81.64歳で2位(1位はスイス)になっている。難しいことは差し置いて(平均寿命とは、その年に生まれた新生児が何年まで生きるかの予測なので、私にそのままあてはめれない)、単純に可能性の上限としてみると、74歳と4か月の私はすでに健康寿命は過ぎていて、健康上の問題がいつ生じても不思議ではない時期にさしかかっているわけだ。

 現に2つの病院に通っているけど、まあ日常生活でまだ他人様のお世話になっていないが、何か起こったら終末を迎えるまであと9年余りじたばたして、というわけか。先は見えているのに、晩節をどう生きるべきかは皆目わかっていない。大病が露見するまで、覚悟なくこれまでの生活をこのまま続けていくような気がする。

 それにしても最近困ったなと思い出しているのは、視力減退である。素人判断では老眼の進行というべきか、要するに本を読むのにも焦点が合わないようになり、結果、眼鏡をとってみていることだ。眼科の医師には右目の白内障が指摘されているが、すでにその手術している左目はまぶたの痙攣も煩瑣で、まあひと言で言えば目を酷使しているわけである。

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マスメディアのやらせ癖

 マスコミの「予定稿」なるものを知ろうとちょっと調べた。

〇鈴木健二『戦争と新聞』ちくま文庫、2015年(原著1995年)。その中に刺激的な言葉が幾つもあった。

 「さすがに恥ずかしいのか、最近の新聞は「公器」を自称しなくなった。が、今こそ原点に立ち戻って、堂々と「公器」を名乗るがよい。もし、その名に耐えられないのなら、退場するのみ。」

 横浜事件に連座、戦後出所してすぐに朝日新聞を依頼退職した酒井寅吉元整理部記者:「一夜にして戦争に協力し、一夜にして民主主義を謳歌する姿、もし時代が変われば、新聞こそ真先に立って、また転進するであろう。」

 解説を書いた佐藤卓己が妙なことを書いていて気になった。戦争中の戦地からの報道は大抵は「予定稿」で、あとで手直しする手法をとった。現場を見ていないから自ずと美文調になる。そこにあるのは「戦果」だけだった、と。よもや「予定稿」そのままに、戦果部分だけ付加された、といいたいのであろうか。であれば、文意は記者は現場主義でなければならない、というわけだろうか。

〇2021/12/17 NHKBS1で「空白の10年:被爆者の闘い」をみた。1949年にやめるまで、戦後はGHQの厳重な報道管制が敷かれていて、とくに原爆関係の検閲は厳しかったので(アメリカの民主主義も、軍政下ではその程度なのである。おそらく緩かったとされるベトナム戦争然り、その後のイ・イ戦争やアフガニスタン戦争然りだろう)、解除後も報道関係での自主規制が続いたとあった。我が国はそれほどまでに従順なポチだったのである。そんな中、被爆者団体が被爆者の研究が日本の原子力平和利用に役立つという論理で働きかけで、1957年に原爆医療法が成立した、と述べていたのにはもうビックリした。それにしたところで、それまで20万の被爆者が病苦と貧困の中で死んでいったのだが。

〇先述の佐藤卓己『増補・八月十五日の神話』ちくま学芸文庫(2014年:原著はちくま新書、2005年)を手に入れて、読みはじめているが、序論ですでに驚いている。まあ冷静に考えれば戦時中で当たり前なのだが、大新聞がやらせの演出をした写真を、予定稿で掲載していたのである。それが純真な?読者に一種の感動を与えてきたわけで。

 同じ著者が若い時(1993年)に書いた以下参照:「「ナチ宣伝」という神話」(https://www.accumu.jp/back_numbers/vol5/%E3%80%8C%E3%83%8A%E3%83%81%E5%AE%A3%E4%BC%9D%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E7%A5%9E%E8%A9%B1.html)。もちろん、皮肉である。ここでも知らないことばかりであった。「いやしくも「表現」たるものが,「ヤラセ」なしにあり得るという発想自体,メディア技術の神話に支配されているのかもしれない」とは、厳しいご指摘である。

 我々は、ナチス・ドイツが宣伝映画を制作したとか,ソ連や中共の修正写真とかは過大なまでによく知っているのだが、終戦の日の宮城前の赤子お詫びの写真なんかがそのようにして意図的に、しかも事前に撮影されていたなんてことなど思いもしなかったわけで(なんと報道関係者には2,3日前にすでにポツダム宣言受諾が知らされていて、その日の朝刊は玉音放送が終わるまで配達不可と念押しされて、前日に迫水内閣書記長官から敗戦勅書の写しさえ手渡されていた、とは・・・)。

 そんな場面、何度も再放送されている映画「日本のいちばん長い日」(1967, 2015年)では微塵も触れられていないし(原作者の半藤 一利が書いていたかどうかは読んでないので知らない)、8月14-15日の宮城事件首謀者の畑中中佐のエキセントリックな描き方もどうやら演出で(とりわけ50年前のほう)、彼を知る人たちから抗議も寄せられたらしい。これまた問題には違いない。

 以前、長崎原爆投下後の幼い弟を焼き場に背負ってきた兄の写真の件で、最終的にやらせ(振り付け)疑惑という結論になったことを思い出す。あのときは半信半疑であったが、あの世界ではよくあることだということも、ようやくこれで納得できた思いである。

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「よみがえるポンペイ」をオンデマンドで見た

 今年の1/25放映されたという(私は迂闊にも放映そのものにまったく記憶にない)国際共同制作と銘打 った2019年製作の「よみがえるポンペイ」をNHKオンデマンドで見たが、 これがなかなかすぐれもので、前の遺跡管理所長のマッシモ・オサンナが例のごとくうれしそうに登場して(えらく目立っていたが、これも才能の一種かと) 、当時発掘していた第5区の現場を発掘プロセスからきちんと見せて、続々発見された驚嘆モノの遺物紹介もリアリティあってとてもよかった。盗掘による攪乱層問題も出てきて、ミステリー小説風でもあったし。

 例のウェスウィオ山噴火の日付変更の根拠となる落書きも、再現シナリオとか映像は納得できるものだったが、リタイアして久しい専門家A.ヴァローネも登場させ、しかし木炭で 書いた落書きは1週間ももたないと言っているのには、私は未だ納得できないでいるのである。 たとえば壁のモルタル修復後間もなくに書かれていたから一年間もったということもありえるような気がする。

Massimo Osanna:1863-;Antonio Varome:1952- なんと両人とも私より若かった。特に後者は大先達だと思っていたのだが・・・

 220円で3日間見ることできます。是非みたほうがいいです、これは。誰か録画しないかな。

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「コロナはすでに終わっている」?

 お騒がせの田中宇氏がまたまた刺激的な一文を公表した。それが正しいかどうかは数ヶ月後に判明するであろう。

https://tanakanews.com/

 私は、一般のマスコミ情報とのバランスをとるべく、彼の所説を対極に位置づけているので、そこは誤解なきようにお願いしたい。ただし、問題の多い感染者数よりも死亡者数で事態の推移を考えるべきだと思う。

【追記】

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世界キリスト教情報第1613信:2021/12/20

 今回第1612信とともに届けられた。

= 目 次 =
▼教皇フランシスコ、85歳の誕生日迎える
▼ハイチで拉致の米宣教師たち17人全員解放
▼米国で「無宗教」増加、キリスト教減少続く
▼ドラァグクイーン姿でLGBTQ理解呼び掛けた米牧師、解任へ
▼ソウルやリズム・アンド・ブルース歌手のジョー・サイモンが8
5歳で死去

 今回は3番目を紹介しよう。

◎米国で「無宗教」増加、キリスト教減少続く
【CJC】米世論調査機関ピュー・リサーチ・センターが12月14日、キリスト教徒が多数を占める米国で、「無宗教」の成人が2007年の16%から29%に増えたとする調査結果を公表した。調査は今年5~8月に約4000人を対象に実施された。
 それによると、自身をキリスト教徒と回答した人は63%で、07年の78%から大幅に減っている。
 米国人の宗教観に関する調査で「無宗教」との回答がカトリック教徒や福音派を上回って23・1%を占め、初めて首位に立ったのは19年、イースタン・イリノイ大学の政治学者でバプテスト派の牧師でもあるライアン・バージ氏が、総合的な社会状況調査を新たに分析した結果。□

 新コロナ騒ぎは確実にこの趨勢を促進させるはずだ。

 なお、最初の件がらみについては、以下を参照。http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/52322811.html
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「歩兵第11連隊の太平洋戦争」を見た

 2021/12/19のBS1スペシャルで見た。歩兵第11連隊は1875(明治8)年に広島で編成された由緒正しい、しかも精強な連隊であったが、マレー半島での華僑粛清(1942/3 民間人の華僑殺害)と病院船橘丸問題(1945/8/3に病院船に偽装乗船した第一、第二大隊に属する1500人以上の将兵がアメリカ軍の捕虜となる)で、汚点を記すこととなった。実に日中戦争以来5年にわたる転戦の挙げ句のことであった。

 ただ救いは、第三大隊長の市川正少佐のように華僑を粛清したとのニセ報告で済ませた軍人もいたことである。さらに華僑進出を快く思っていなかったマレー人たちもそれなりにいたようで、問題はやはりここでも単純ではない。番組ではこのあたり若干弱い表現だった。

 私は出身が広島であり、叔父の一人がノモンハン事件(1939年)で戦死しているので、興味をもって視聴したのだが、叔父は小松原師団長指揮下の第23師団隷下に急遽編成された練度不足の歩兵第71連隊所属だったので、第11連隊とは一応無関係である。

 とまれ、戦後、平和都市として宣伝している広島が実は軍都として戦前には名を馳せていた事実は明確に認識すべきであろう。併せて、華僑粛清や病院船橘丸問題での命令指揮の責任問題があやふやな中で推移したことは、いつものことながら、なんとも歯がゆいことだ。

 もちろんNHKデマンドで見ることできる。

マレー戦での銀輪部隊

【追記】NHKアーカイブに2009/11/28放映のこんな番組も。「証言記録 兵士たちの戦争:偽装病院船 捕虜となった精鋭部隊:広島県・歩兵第11連隊」(https://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/bangumi/movie.cgi?das_id=D0001210034_00000)。そこからより詳しく赤裸々な兵士個々人の証言をたくさん、なぜか無料で見ることできた。そして今回の放映はこれの手直し・再放送だったことを知った。

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「関口宏のもう一度!近現代史」

 2021/12/18:第110回「昭和21年昭和天皇 全国巡幸へ」を、寝起きに途中から偶然みたのだが、なかなかよかった。民放でこんな良質な番組が2019/10/12からあったことを、今まで知らなかったのは迂闊だった。とはいえ、ちょっとは見ていたような。どっかでまとめて見直せたらうれしいのだが。

 その中で保阪正康が平和憲法草案作成について「いまとちがって代議士たちも真面目に検討しているので、それを押し付け憲法といっているのはおかしい」旨の発言をしていてなるほどと思わされたし、東京裁判での死刑判決についてもドイツのニュルンベルク裁判方式を持ち込むことは「状況が違うので最初から無理があった」とか、犯罪人の処罰も色々思惑あって、と核心をついた指摘がされていた。

 それもまあすべてGHQのご威光のもとでの演出といってもいいわけではあるが、そのあたりの熱気とか臨在感覚が失われるにつけ、「押し付け憲法」的な解釈がまかり通りだしたのだろうが、そのあたりの実際のバランスはどうだったのだろうか。

 そうこう考えていたら、予約番組のNHK BSPで「英雄たちの選択スペシャル・大奥贈答品日記」の再放送が始まった。大奥最後の御年寄・瀧山の幕末10年間の直筆日記が出てきたわけだが、司会の磯田道史が、史料がないからこれまで当時女性は政治的に無力だったと考えられていたが、実際はそうでもなかったことになると述べていたのは印象的だった。

 まあ彼女の職分が女性がらみの大奥のこととはいえ、大火の後始末や和宮降稼において彼女が最高責任者だったことが判明しただけでなく、裏のみならず表でも重要な役回り(暗躍)を演じていたという姿が浮彫になったわけで、徳川幕府が徳川家のファミリー支配体制であったということを強調していた点ともども、たいへん勉強になった。

 あれれ、これで京都での学会に参加するのを忘れちゃったぞ。困ったものだ。

【追記】一週間後の12/25の第111回を見て、驚いた。ニュルンベルク裁判での被告24名中死刑判決は12名だったが、その他、裁判抜きを含めて、欧米各国(イスラエルを含む)で大勢の人がリンチで処刑されていたのだ。レジスタンスの報復なのだろうが、フランスなんてひどいものだ。そして実際に多々あった連合軍側の戦争犯罪のほうは免責されてしまう。

 知ればそんなことありえますねというわけであるが、多くの今日に至る情報伝達が恣意的である、ということでもある。詳細をこそ知る必要がある。

 

 

 

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ミルウィウス橋コインまた出たけど、さて

 以前紹介したことのある330年打刻のコンスタンティノポリス記念コイン、またCNGのオークションに出ていた。今回は、業者想定価格$200のところ、あと19日間あるのにすでに$225がついている。さてもう、このあたりできまりかな。

 お品書きには「コンスタンティノープル造幣局、第11オフィキナ打刻」、すなわち裏面の数字を「IA」と読んでいるが、しかし、私には「A」としか見えない。https://www.koji007.tokyo/pdf/atelier/constantinus_1700.pdfでの「IA」を見ても両文字の間隔はかなり開いている打刻なので(01、12、17)、ここは素直に「A」、すなわち第一工房ととるべきだろうと思うのだが。

【追記】3日後にみてみると、10 Bidsでなんと$325に高騰していた! この程度の不鮮明で稚拙な刻印のコインだったら私なら購入しないのだが。年を越して覗いて見たら、13 Bidsで$400になっていた。

 

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イギリスで磔刑の証拠が出土!

 2021/12/8 ケンブリッジシャーのHuntingdon近くのFenstanton村で2017年に、新住宅開発地からローマ時代の紀元4世紀の5つの墓地が発見され、そこから大人40人と子供5人の遺体が出てきていたが、遺骨をラボで洗浄していて、一人の遺骨のかかとに釘が刺されていたことが判明した。その遺体は25-35歳の男性で、身長は当時の平均の5フィート7インチだった。放射性炭素年代測定法によると、彼はAD130からAD360の間に死亡した。磔刑=十字架刑に処された遺体とすると、もちろんイギリスでは初出である。

 磔刑の証拠は残りにくい状況にあるが(普通、共同墓地にちゃんとした埋葬はされなかった、等)、今回は一般の墓地に埋葬され、その遺骸は12の釘に囲まれ、13番目の鉄釘が右脚の踵の骨の中に5cm水平に打ち込まれて残っていたので、それと判明したわけ。彼は刑の執行直前に手荒く扱われたようで肋骨は6本折れていたし、脛の骨が細くなっていたので長期間拘束されていたと考えられている。

https://www.bbc.com/news/uk-england-cambridgeshire-59569629

 磔刑の証拠とすると、私が知る4番目の考古学的遺物である。その1番目のものには、以前以下で触れたことがあるが、それは1968年にイスラエルからのものだった。「ローマ時代の落書きが語る人間模様」上智大学文学部史学科編『歴史科の散歩道』上智大学出版、2008年、pp.292-295.。他は、イタリアのガベロGavelloにあるラ・ラルダ La Lardaで発見されたもの、エジプトのメンデスMendesで発見されたもので、これらにも機会があれば触れたいと思っている。

 フェンストンは、趣のある歴史的な街道沿いの村で、ハイストリートはローマ時代の町ケンブリッジとゴッドマンチェスターを結んでいたVia Devanaのルートに沿っている。この集落は、旅人にサービスを提供するための道路沿いの正式な停留所として維持されていた可能性があり、村はその周辺で発展し、十字路で発展したことを示唆するいくつかの証拠がある。

 骨格の古代DNA調査では、多くの人が親戚関係にあると思われる小さな田舎の集落であるにもかかわらず、2つの家族グループしか確認できなかった。磔刑の彼のDNAはそのいずれとも無関係だった。

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「写真家ユージン・スミス」を見た

 BS1スペシャルで「写真家ユージン・スミス」(2018/12/29:https://www.dailymotion.com/video/x6zpevi)の再放送を見た。彼は1943年24歳の時に従軍記者となり、サイパン、硫黄島、沖縄などに派遣され、『ライフ』などに写真を提供したが、徐々に戦争に捲き込まれた日本人庶民に目が向き始める。軍の機密保持のための検閲は厳しく、彼の撮影した写真の9割は公開禁止となった由。こういう人もいたのだということを我々は知らなければならない。ひるがえって同時代の日本人報道人にこんな人がいたことを私は知らない。

William Eugene Smith:1918-78

 彼の晩年の1971年からは水俣だった。そしてあろうことか、1972年1月には千葉県市原市五井のチッソ五井工場で社員から暴行を受け、片目を失う。彼の波乱に富んだ生涯は59年だった(https://a-graph.jp/2021/08/14/45678)。

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