学術会議、平和ボケでいいのだろうか:飛耳長目(64)

 学術会議問題がマスコミでかしがましいが、今の流れには私的には若干違和感あって、ちょっと距離を置きたいのは、なぜ。答は分かっている。今回なぜ六人が任命されなかったのかが問題ではない。学術会議は抜きがたい問題を内包しているからだ。ないわけはないだろう、周辺にいても体感できる、かつての科研費分配への圧力集団と、学閥・左翼の身内意識での人選。もちろん、例のごとく、皆が皆そうだと言うつもりはないが、結果的に主流を押さえるのはどういう傾向かという意味だ。赤旗が火をつけたことから歴然だが、マスコミがそっちには目をつぶってまったく触れようとしないのが問題だ。政権により近いところでの陣取りゲーム。官許の(すなわち体制側の)学士院会員や文化功労者・文化勲章には選ばれようもないレベルが、しかしここまではいける現状・既得権がおびやかされていて、マスコミにリークして騒いでいるわけである。https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62372;https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62538

 我が国を取り巻く状況は風雲急を告げている。権力の腐敗の監視は必要だが、こんなことにかまけていていいのか。疑問である。

 最近気になった下世話なニュース:

 「日本人と中国人を敵に回したネイマールの「大罪」:「ブラジルの至宝」が「人種差別主義者」へと評価大暴落」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62234):最近ある講演会で、やっぱりサッカーの往年のスター・Z.Y.ジダン頭突き事件を話したので。私はもともとサッカーが紳士のスポーツだとは思っていない。真相はどうやらイタリア人M.マテラッツィが「お前の姉貴より娼婦(puttana) のほうがましだ Preferisco la puttana di tua sorella」といったことになっているが・・・。ジダンがあのイタリア語を単語レベルで「お前のねーちゃん、売春婦」とでも解したとでもいうのか。納得いかない。

 「選手村でコンドーム配布、なのに瀬戸大也を処分の怪:「配偶者以外との性交渉」が問題なら、選手村の実態はどうする?」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62515):昔からオリンピック選手村は男女の肉体駆使しての国際交流の場であ〜る、とは公然と言われてきたことだから、私的にはなんてことないが、たぶんそれ知らない人たちが上から目線で騒いでいるのだろうか。それにしても、おみゃー、そんなこといえる立場?、といいたい。私はいえません、はい。

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映画「マンディンゴ」・「アンノウン・ソルジャー」:遅報(51)

 昨日、久々に出かけて五〇人規模の講演をして疲れ果てた。夕食後爆睡して夜中に起きて、結果的に続けざまにケーブルテレビで映画を2本みてしまう。

 最初のは(1975年)、名作と謳われている「風と共に去りぬ」(1937年)をパロディ化して喧嘩売ったもので、初演当時は業界から抹殺されていたものを、鬼才タランチーノが発掘した、といった解説がなされていた。アメリカの恥部、黒人を家畜として扱っていた差別の実態をえぐったものだ。今でもアメリカの現状には驚かされる昨今であるが、しかしまあ、古代ローマでもそうやって利殖対象でご主人様が奴隷女に種付けし(御自らの場合も当然ある)、子供産ませて売買していたのは公然たる事実であるので、私的にはそう驚きはしなかったのだが、さて平和ボケの我が祖国の若者たちにはどうみえているのだろうか。

左は、シロ・しろ、右は、クロ・しろと、しろ・クロ、という仕儀

 後者の副題は「英雄なき戦場」(2017年)。前者が終わってチャンネル回していたら聞き慣れない言語が聞こえたので手が止まった。フィンランド映画。かの地の、第二次大戦でドイツと同盟を結んでソ連に抵抗していた時期の、負け戦連続の中で、家族を背負っている市井の庶民の召集兵が次々と倒れていく苛酷さが心にしみる。それほどまでにして祖国は守るべきものなのか、いや家族を守るために闘うのだ、と。それにしても最前線に到着したばかりの若い新兵が塹壕から不用意に頭を出してあっという間に死んでいく。無残、無念である。私の叔父もノモンハンに行ったらすぐに戦死したそうなので、これは他人事ではない。

【追伸】米国選挙人制度の根底にも実は奴隷制度がっ!:知らなんだーー

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/21201

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世界キリスト教情報第1551信:2020/10/12

= 目 次 =
▼中国でプロテスタント教会への迫害が激化
▼新回勅は「兄弟愛は真の連帯を築くもの」とパロリン枢機卿紹介
▼スペインは新型コロナ伝染率の高い都市教会に新制限適用
▼超正統派ユダヤ教組織とカトリック教会、クオモ知事を地裁に提訴
▼米長老教会がオンラインコミュニケーションのワークショップ
《メディア展望》
=カトリック新聞(10月11日)=http://www.cwjpn.com/cwjpn/
★教皇、新社会回勅を発表=「きょうだいの皆さん」互いを大切に良い世界を
★教皇フランシスコ=聖書について使徒的書簡=翻訳から新しく学ぶこと
★教皇庁教理省が書簡=「安楽死はいのちに対する犯罪」
★「船員司牧」創立100周年=「ステラ・マリス」に
★バチカン列聖省長官ベッチウ枢機卿が辞任、枢機卿職の職権も辞退

=KiriShin(10月11日)=http://www.kirishin.com
★社会的課題としての自殺 仕組み作りで防ぐ=奥田知志(抱樸理事長)×清水康之(ライフリンク代表)対談
★学術会議への人事介入めぐり明学大、映画関係者ら有志が声明
★「総動員伝道」50周年=紙での機関紙発行は最終号
★安楽死正当化できない=バチカン改めて強調
★2020年度テンプルトン賞はフランシス・コリンズ氏に

=クリスチャン新聞(10月11日)=http://クリスチャン新聞.com
★キリスト教会のコンテンツ集結=「聖書チャンネルBRIDGE」公開
★全国から寄贈キリスト教関連1500冊=「安曇野聖書図書館」8月開館
★中国 キリスト教の情報規制 さらに厳格化
★スペイン風邪忘れないで=戒能信生氏ら当時の教会対応を共同調査
★「ポストコロナの教会 その2~牧会学の視点から」坂野慧吉氏発題=「イエスと自分の傷の一体化が癒しに」=仙台バプテスト神学校 神学webサロン
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国際政治とコロナ空騒ぎ:飛耳長目(63)

 時々はっとする着眼点を示す田中宇氏。今回「国際政治劇として見るべきコロナ危機」(http://tanakanews.com/201011corona.htm)の前半には、私もまったく同感である。たしかに、あれほど感染が憂慮されるとマスコミが騒いでいたスエーデンやアフリカなんかよりも、先進国のほうがひどい体たらく、これはどうしたことか、当然裏がある、というわけだ。中共を貶めるつもりが、結果的にアメリカにしっぺ返しが、というあたりは面白い。

 ただ、感染者数は単純には拡大の指標にならないわけで、死者数は減ってきているが(まだ110万程度)、まあこの冬をどう乗り切るか、これが問題だ。

【続報】10/15:https://www.nikkei.com/theme/?dw=20012202&n_cid=NMAIL006_20201015_H;https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65017210V11C20A0000000/

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うん・どん・こん考

 今、以下を読み直している。河合潤『西暦536年の謎の大噴火と地球寒冷期の到来 』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2014年。この本は、表題以上に研究者たちの立ち振る舞いとか、研究手法への言及が多くて、それなりに読ませる。私にも思い当たることが多い。その中でいわく「研究とは地味なもので、ある程度頭が鈍くなければ、粘り強く継続できるものではありません」と(p.157)。

 そして思い出したのが、運・鈍・根、だった。私が大学一年時代、教養の英語読解を担当したのがなぜか文学部英文学科教授の田辺昌美先生だった。普通は教養部の語学教師がするのだが。ディケンズの『デビッド・カッパーフィールド』がテキストだったが、授業中時々妙なことを仰る人で、今でも覚えているのは、文字通りではないが、こんな調子だった。「君ら、川に橋が架かっているのはなぜだと思う。あれは人が渡りたいと願うから橋が架かるんだ」。まあ、逆転の発想とでもいうべきか。

 その彼のご自宅はたまたま私の実家の近くだった。一度だけ夕刻お邪魔したことがあった(そうなった子細は今は述べない)。すでに晩酌をかなり召されていた先生は、赤ら顔で、それがクセだったが目をつむり首を左右に振りながら「なあ豊田、研究者は運鈍根なんだ、知ってるかい」。18歳で知るわけはない。運が必要、鈍感でなければならない、根を詰める性格でないとだめ、というわけ。「お前の所の高山(一十先生:古代ギリシア史)、あれはかまぼこと呼ばれていたんだぞ」。板(机)に張り付いた肉塊、今風にいうとガリ勉という意味だったのだろう。その時思ったのは、自分は鈍ではあるが、もとより運はなし、性格的に軽佻浮薄で持続力もない、かまぼこなんて無理、こりゃだめだ、と。

 齢73にして思うのは、鈍ではあるし、尻軽も直っていないが、多少は運はあったようだし、年取ってきたらかまぼこみたいにパソコンの前に座っていて飽きないなあ、と。

 運で思い出すのは、津山の女子大で何かの時、学生の前で話す機会があったとき、これも英文の若手教師が「誰でも人生で大きなチャンスは3回はある、それを見逃したり、間違った道を選ぶと、それっきり。だから賢くあれ」と。なんだか職場朝礼での部長さんの訓辞めいていたけど、これもあとからなるほどなと。

カイロス(チャンスの神)には前髪しかない,それを掴め:後悔先に立たず
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これどこの?:トイレ噺(18)

 下の絵は、古代ローマのトイレ、具体的にはイギリスのハドリアヌス長城の駐留軍(正確には補助軍)陣地に設置された水洗(流水型)トイレの復元想像図です。

Housesteads遺跡で発掘されたトイレと復元想像図

 こんな絵を見た後で次の写真見たら、古代ローマのだと思いますよね。

 でも違うんです。上の2つの写真はアウシュビッツの強制収容所のトイレです。どうやら水洗式ではなかったようです。ある情報では10秒間で用を足すことが求められていたそうですが、むしろ私は落とし紙になに使っていたのか気になります(ご存知の方、教えて下さい:k-toyota@ca2.so-net.ne.jp)。

 反論が出るかもなので、こういう水洗式が設置されていたすばらしい強制収容所もありました(皮肉です、念のため)、と指摘しておきます。

 しかしこれを知ったあとで、古代ローマの公衆トイレについての俗説(開けっぴろげで、一種の社交場でした、なんて)を信じることできるでしょうか。

【補遺】https://www.youtube.com/watch?v=hR2SR-2Pows:不潔なので監視も甘くなり、赤ちゃんの隠し場所となり43名助かった、とガイドさんが話してますが、一日2度しか行けない規則だったそうなのだが、赤ちゃんは乳を求めて泣かなかったのだろうか。なんだか作り話みたいな気がする。

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世界キリスト教情報第1550信:2020/10/5

= 目 次 =
▼教皇、アッシジを訪問、聖フランシスコの墓前で新回勅に署名
▼教皇が新回勅発表、「パンデミックが自由市場の失敗を証明した」と訴え
▼教皇はポンペオ米国務長官との会談しない、とバチカン
▼中国がオンライン書店経営者を「違法営業」で禁錮7年と罰金
▼東西もイスラム教徒も「われわれ皆国民」=独統一30年記念式典
▼テンプルトン賞はフランシス・コリンズ氏に、分裂社会で「調和」呼び掛け
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「足腰年齢」改善にむけて:痴呆への一里塚(36)

 10月になって体組成計を購入した。どうみても肥満だとは分かっていたが、私の足腰年齢が80歳と表示され、これはショックだった。でも若干ハードな散歩も始めて2か月になるのになぜだろう、まあもう少ししたら数字は改善されるだろうと「たか」をくくっていたのだが、未だ不動の「80歳」(といっても購入3日目に過ぎないが (^^ゞ)。「体内年齢」は67歳くらいなのに、なぜだろうと思っていたら、以下が届いて拝読。石井直方「テレワークと筋肉の衰え」『UP』576,2020/10, pp.1-6。著者は筋肉生理学を30年間研究テーマのひとつとしてきたそうだが、「筋肉は鍛えれば太く強くなり、使わなければ細く弱くなる。昔から知られる、その仕組みは完全に解明されているわけではない」(p.2) 。肝心なことは何も分かっていない、研究とはやっぱりなにごとも一歩入るとそんなものなのだろうが。

 問題の筋肉は、大腿四頭筋と大殿筋らしいが、これは直立二足歩行の日常生活の動きをする場合に欠くべからざるもので、こういった重要な筋肉ほど、「確証はないが」「使わないと成長が即下方調整される」らしい。私の足腰年齢の老化もたぶんそれなのだろうと、これは速効で理解できた。

 その鍛え直しの効果的トレーニングもあるそうだが、ものぐさな私のことなので、無策で歩くことしかしないだろうが、それも継続している内になんとかな年齢相応になれば、と思っている。のだが、さて。

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535/6年の天変地異:はじめに

 我孫子での読書会の参加者から、後535年に全世界を襲った天変地異について背中を押された。中国や日本もその記録あるかも、いやあるはずです、と。6世紀となると私の研究射程圏から大幅にはずれるのだが、押されたからには挑戦せざるをえない。それにこれまで目をつぶってきてはいたのだが、ローマ帝国の衰退を考える上で、2世紀末から3世紀半ばに地中海世界を襲った天然痘と思われる疫病をその1とするなら、第二のそれが、それだったと思われるからである(第三は、西欧中世の黒死病となるだろう)。

 私の山勘での予想では、第1の破綻でローマ宗教からキリスト教の台頭、第2でムスリム台頭、第3でプロテスタントの台頭、となる。しかし1と3はともかく、2のムスリムについてはド素人なので、なぜムスリムがとすぐに疑問が浮かんでしまう。これが目下最大の悩みどころである。

 ブログのどこかに書いた記憶があるが、地球上の生物はごく稀にではあるが、文字通り絶滅の危機に直面してきた(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/091600540/)。その結果、哺乳類および人類が現在地球上での覇者となっているわけだが、人類の歴史は今のところせいぜい500万年くらいで、1億6500万年に及んだ恐竜時代とは比べものにならないことは、よくよく認識しておいたほうがいい。次の一手で跡形もなく消滅する可能性もあるのだし、実際、これまで死滅の縁に追い込まれたのも1、2回ではないからだ。

 その一つが、紀元後6世紀、皇帝ユスティニアヌスの時代にあった、ということになっている。普通にはそれは「疫病」とされているが、残存している文書史料によると、どうやら疫病にとどまらず、いわゆる「核の冬」の特徴に酷似していた。そうなると当時原水爆はないので、想定されるシナリオは次の3つ。小惑星衝突、彗星衝突、そして火山噴火。その気になって、3年前に強制スリム化された書棚をチェックすると、それでも以下があった。デイヴィッド・キーズ(畔上司訳)『西暦535年の大噴火:人類滅亡の危機をどう切り抜けたか』文藝春秋、2000年(原著: David Keys,Catastrophe: An Investigation into the Origins of the Modern WorldBallantine Books,  2000);石弘之『歴史を変えた火山噴火:自然災害の環境史』刀水書房、2012年;河合潤『西暦536年の謎の大噴火と地球寒冷期の到来 』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2014年。

 といった具合で表題を見れば、読書会のテキスト(ブライアン・ウォード・パーキンズ(南雲泰輔訳)『ローマ帝国の崩壊:文明が終わるということ』白水社、2014年)が小惑星の衝突とする主張と異なって、大勢は火山噴火となっているわけで、まあその線を素人ながら私も納得するしかない。あと関連参照史料で書棚に『日本書紀』はあったが、中国の『南史』『北史』は適当な邦訳は我が図書室にもない感じだ。O澤先生にでも聞こうかな。

 

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発達障害は才能である!:飛耳長目(62)

 完璧な人間などいない。皆、多少でこぼこなのだ。しかし愚民によって許容範囲から逸出していると考えられた場合、不幸にも社会的な抹殺対象となったりする。

 孫娘が大学受験である。昔からデコ人形書くのが得意で、大学もそれ系を受けるのだが、推薦には選ばれなかったので、今面接受験の申込み準備をしている。まあ推薦なんて本場アメリカと比べると我が国では没個性の最たるもののような気がしないでもないが、平均圧の強い我が国では、親としては普通であってほしいと思うのがそれこそ普通なのだろうが、「おたく」に類する職能がそんなことでは先がない。ダ・ヴィンチほどでなくとも特異才能の芽がちょっぴりでもあってほしい、とにかく普通でなくてほしい。そんなこと思っていた時、以下を読んだ。

 午堂登紀雄「『発達障害』はこれからの日本で武器になる。ASD児を育てる私が確信した理由」(https://www.mag2.com/p/money/969968?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000204_sun&utm_campaign=mag_9999_1004&trflg=1)。

 私は映画「フォレスト・ガンプ」(1994年公開・アメリカ映画)が大好きだ。ケーブルテレビで再放送されていると、喜んで再見してしまう。だからアメリカが好きだとならないのは、彼をアメリカ人の同級生がやっぱりいじめているからだ。我が国と同じなのだから、好きになる必要はない。しかし、知能指数IQ75の彼でも、人より走力だけは滅法強いその一点で、人生が開けてゆくところは実にアメリカ的で、馬鹿らしいほどすがすがしい。生き方、選択肢が多いのはいいことだ。残念ながら我が愛する祖国ではこうはいかないのです、これまでも、そしてたぶんこれからも。

 癌で死にゆく母がフォレストに最期に遺した言葉「神がお前に与えたもので、ベストを尽くすのよ」は身に浸みる。

 ただし、舞台となっているアラバマ州は南部で、それがこの映画にも大きな影を落としていることに後から気付かされた。彼の名前、南部連合、黒人差別などのほのめかし等。

 今ちょうど、ケーブルテレビでまた「結婚できない男」をやっている。だいぶ茶化した喜劇仕立ての内容だが、普通にできない存在が巻き起こす騒動が日本的に描かれている。小型のブルドッグみたいな、なんという種類か私は知らないが、主人公のお隣の部屋の犬が救いである。

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