聖フィリッポと聖小ヤコブの聖遺物調査:予想通り残念な結果

 【2021/2/1発信】イタリア・ローマのヴェネツィア広場から発して南北に突っ切っている直線道路がコルソ通りだが、その一本東側の大通りを入って右側奥に巨大な列柱廊が特徴の教会がみえる。これが聖十二使徒教会 Basilica dei Santi XII Apostoliで、500年間フランシスコ会厳格派(コンベンツアル)の拠点となっている。

        ↑コルソ通り    ↑聖12使徒教会      

 そこに保管されてきた聖遺物が、後6世紀以来、十二使徒のうちのフィリッポと小ヤコブのものと伝承されてきた。具体的には、小ヤコブの大腿骨破片と、フィリッポのミイラ化した足破片と頸骨破片である。これらがいつ、どこから将来されたのかという聖遺物の移葬事情は不明である。今回、南デンマーク大学教授Kaare Lund Rasmussenを中心にした調査団が聖遺物調査にチャレンジした。その結果は以下のようだった。

左、小ヤコブの大腿骨断片関係、右がフィリッポのミイラ化した足

 フィリッポのものは、除染がむつかしく、放射性炭素年代測定できなかった。

 小ヤコブの大腿骨の年代測定には成功し、後214-340年と数字が出た。よってこの骨は小ヤコブのものではなかったわけである。ラスムッセン教授は、誰の骨であったのかは不明であるが、小ヤコブの骨と信じていずれにせよキリスト教徒の墓地から採取されたに違いない、と話している。https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2021/02/scientific-investigations-of-believed.html

【付記】この教会の祭壇前に巡礼者用の地下クリプトへの階段がある。そこにはカタコンベを再現した碑文やフレスコ画がもっともらしく飾られていて、アッピウス街道まで足を伸ばせない観光客にはそれなりに雰囲気を楽しむことができるので、ぜひ見学してほしい。

上からクリプトを見下ろす
あたかも、カタコンベのごとし

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世界キリスト教情報第1569信:2021/2/15

 日付がおかしいなと思っていたら、もう一通届いた。

= 目 次 =
▼ミャンマーで国軍クーデターへの抗議デモ続く
▼「福島原発汚染水の海洋放出反対」で韓国司教協委が日本の正平協と共同声明
▼韓国が新型コロナ営業規制を一部緩和
▼バチカン放送開始90周年に教皇「記憶を守り、未来を見つめて」
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世界キリスト教情報第1568信:2021/2/8

= 目 次 =
▼韓国で教会関係の集団感染続く中、丁国務総理が指導者たちに防疫協力要請
▼韓国の新規コロナ感染者が3日連続で300人台
▼教皇、シノドス事務局上級職に女性を初任命
▼洗礼後に乳児死亡、肺に水でルーマニア正教会に批判
▼大聖堂建設が文化財破壊招く、とキプロス正教会への抗議激化

 今回は時節柄、以下を紹介。

◎教皇、シノドス事務局上級職に女性を初任命
【CJC】教皇フランシスコは2月6日、カトリック教会の慣習を破り、シノドス(世界代表司教会議)事務局次長を2人任命したが、その1人に初めて女性ナタリー・ベキャール氏(52=フランス人)を任命した。
 シノドス事務局長のマリオ・グレック枢機卿は、今回の任命について、「教会内の判断と意思決定の過程で、より多くの女性を参加させたい」という教皇の意向を表していると語った。事務局次長は投票権を持つとされている。
 ベキャール氏は、フランスを拠点とするザビエール姉妹会所属、フランスの著名なビジネススクール、HEC(パリ経営大学院)で経営学の修士号を取得、米ボストンで学んだ経験を持つ。2019年からシノドス顧問を務めていた。
 シノドスは投票権を持つ司教と枢機卿が主導し、投票権を持たない専門家らも参加する。次回開催は2022年秋の予定。□
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今さらですがテレビの虚構性:飛耳長目(75)

 最近届いた『UP』2021/2月号に以下があった。塚谷裕一「テレビ番組における虚構とサイエンスコミュニケーション」p.7-15。一種のやらせがどこまで許されるか、という問題が主題なわけだが、その中でテレビ業界ではかなり杜撰な事前調査しか行わないで、最後の詰めになって専門家のお墨付きをほしがって連絡があり、こちらが疑問や問題点を呈するととたんに連絡が途絶える、というエピソードが述べられていた。

 その実例が註記されていて、さてこの小論が出たので削除されかねないので(なにせアップ先が一応大学のHPだし)見るならいまのうちにと行ってきた(https://kindaipicks.com/article/001736)。結局資料提供者は「自称〇〇家」にすぎなかったわけだが(端的に言えば偽者)、それが分かっても番組は放映され、こうして輝かしい卒業生として紹介されている現実がある。所詮バラエティ・レベルなので一過性的に視聴率さえ稼げればそれでいいんだ、というわけなのであろうが、大学のHPに掲載されるとなると、それでいいのかというわけ。登場人物にとってはテレビはもちろん商売のPRなのだし。

 塚谷先生ほどではないが、私にもこういった連絡があった経験があって、下請けなのは明らかなのに堂々とたとえば「TBSです」と名乗ってくるのだが、質問内容は、私に電話するまでにせめてウィキペディアくらいは調べておいてよ、というレベル。

 しかし、こういうレベルで番組が制作・放映されているとなると、問題だと思う。私にしたところで自分の専門領域なら判断がつくものの、別分野であれば易々と誤情報をそのまま受け取ってしまうはずだから。その意味でこのブログだってその筋の専門家からしたら誤解と嘘だらけかもしれない。いや、絶対そうに違いない。

 たとえばNHKの大河ドラマにしても、史実を曲げてでもドラマチックに構成しないと面白くなくて視聴率は稼げない。戦国時代に日本には本来の意味での騎馬軍団は存在しなかったが、戦闘シーンで騎馬隊がどどっと走らないと迫力ないし、馬だってテレビ映りのいいアラブ馬(体高140㌢)やサラブレッド(体高160-70㌢)ではなく、せいぜい体高120ー130㌢台(ポニー・レベル)の短足胴長の在来馬では、御大将が騎乗したところで当時はともかく現代では絵になりゃしないのだ。騎乗者の体格は確実に大きくなっているのだし。赤穂浪士の敵討ちにしても、人々の共感を呼び起こすツボを心得た講談調で、物語的に巷間に流布したものがまかり通るわけである。観客の涙を絞るのは事実ではなくて、涙のツボを押さえた物語なのである。

流鏑馬で走る在来馬の木曽馬

 だからつい思ってしまう。事実に基づくべき研究者はいったい何が面白くてやっているのだろうと。

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森問題と仏教の女人差別:飛耳長目(74)

 身内の世間さまのみならず自称先進国をもお騒がせしている森問題だが、今読んでいる若桑女史の『クアトロ・ラガッツィ』の中にちょうどその問題の淵源に該当すると私が思う箇所が出てきた。彼女は、あの時代にキリスト教が驚異的に教勢拡大できた原因のひとつを、仏教における女性差別に求めている。

 そもそも鎮護仏教の教理には明確に「五障三従」の教えがあって、女性はそのままでは救われない、ただ男性に変身すれば成仏できるとされ、これが「変成男子」である、と(これと同様な思想が初代キリスト教、とりわけグノーシス派にもあったことにご注目のこと:地中海世界へのインド思想の流入なのか、それとも類似発想なのか)。それが鎌倉時代に新仏教が女人成仏思想を創出したのだが、それはよしとしても、たとえば親鸞は、まず女性にその罪業深きを教え、次に念仏を唱えれば女性でも成仏できる、という段取りなので、仏教の輪廻思想と絡んで、女性は前世以来の自分の業(ごう)の深さを徹底的にすり込まれた上で、救済を求めて「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と一心不乱に念じて、変成男子になり、成仏を願うことになるわけである。女史は平雅行の説を引用しつつ鋭くこう喝破している。「仏教の本質が鎌倉仏教で急に女性の平等に変わったわけではなく、またそれ以前にまったくそれがなかったわけでもない。多かれ少なかれ、女は穢れたものだという考えはその前にもあとにもあり、しかも、そのひどく穢いものを救うのもだいじという考えも同時にあった。言ってしまえば、女性を救おうという宗派も、まずは非常に罪深いものだということを認めさせた上で、そんな罪深い女でも救ってあげようというたいへんありがたい教えであって、女性が罪深いものだというたてまえを壊したものではない」(p.140)。もちろん最後の「ありがたい教え」という表現は女史の皮肉であるが。

岡山県西大寺観音院所蔵「熊野観心十界曼荼羅」:自分の母が自分を育てるために多くの罪を犯し餓鬼道に堕ちてしまったのを見て涙を流す高僧(https://www.saidaiji.jp/about/precinct-guide/kanjin-jikkai-mandara/)

 余談だが、昨日が三回忌の、一昨年93歳で死んだ大正14年生まれの私の母は、認知症が進んで最後に介護施設に入れられたことが大変ショックだったとみえ、「わたしゃ、業が深いせいでこんなことになって」と口走っていた(自分の行く末を考えて、まだ至極元気だった時期には自分で施設見学もしていたくせに、だ)。女の「業」は、それほど庶民の熟年女性には未だ深く根付いている想いのように思う。若い女性にとってはそういった宗教思想の偏見よりも社会的構造的な差別の方がより身近だとは思うが、それが意識下に沈潜した場合、「変成男子」化を求める方向に向かわないとは限らない気がする。

 で、今年で83歳になられる森元総理だが、別に弁護するつもりはないが、私が想像するに、たぶん念仏宗の盛んな石川県にあって生育されたのであれば、きっと「五障三従」が聞くともなく身に染みついてしまっているのかもしれない。ただここで私は偉そうに、今般の問題に仏教界はどう反応するのであろうかなどと言いたいのではない。

 公人であった彼が公の席で個人的体験でいらついたことがあったのだろうか、あらぬことをつい口走ってしまい、それが一般論レベルに拡大されて集中砲火を浴びているが、当人にとって理不尽感は否めないだろう。こんなことは居酒屋では掃いて捨てるほど聞くことできるはずだし(私はもう10年近くも行っていないので、最近変わっているカモだが)、マスク警察よろしく口先でたとえきれい事を述べたとしても(それを軽薄にもマスコミはマイクを差し出してチョイスして、電波に垂れ流す)、我ら自身の脳根幹にしっかり居座っている根源発想はそれほどに抜きがたいものなのだ、という認識を、我がこととして改めて確認してしまっただけのことである。

 ついでに付加しておこう。若桑女史によると、「日本は神国である」とはキリシタン弾圧の枕詞で秀吉や家康も言っていた。

 そしていわずもがな、女性差別はキリスト教とて一皮むけば同じではないか。教祖イエスは信者が唱えるべき主祷文で「天にまします我らが父よ」と神が男性性であることを明言しているのだから、それをいまさら神を「父でもあり母でもある」と言いつくろったところで許されるはずもないでしょう、と自称キリスト教的先進国にもの申したい気がする。トランプ問題で分かったことはアメリカのメディアがごく一部の意見の反映であって、普段は沈黙している名もなき庶民(それが全人口の少なくとも半分を占めているのだ!)の本音はそれとは別に強固に維持されているということではなかったかっ。そのことをもう忘れ果てて「アメリカのメディアでは」と鬼の首を取ったように言いつのっているご都合主義にはあきれてしまう。マスコミはえてして事実の報道と言うよりも、世論誘導という面もあるわけだ。自称先進国でさえ、法的に女性進出を定めていての操作の上での30%維持であって、実投票の成果ではないのだ、ということを知らないのだろうか。

 いや、欧米だけではない。どっかの国の先般の総理大臣の決め方にどれほどの透明性があったというのかっ。それについては健忘症のマスコミ知識人のぴーちくぱーちくにはあきれるばかりだ。

 こんな意見もある:http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/52300475.html

【追記】ようやく肝心のデータが出始めた:「女性理事わずか16.6% 森氏発言があぶり出す社会のいびつさ」(https://mainichi.jp/articles/20210211/k00/00m/040/081000c?cx_fm=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20210213)。数字に基づいて論じられるべきなので、こういう情報は大歓迎だ。森発言の当事者となったラグビー部門は女性委員5名で20%強を占めている。最高はテコンドーの36.4%。もっと多くていいはずの水泳や体操部門が遅れをとっているのは、伝統種目のせいか。でもサーフィンは0%。

 こういう論議の仕方、私は好きである。円より子「森喜朗さん、よくぞ言った 男の本音に非難続々で「男的世界」は変えられるか:男も女もしばるジェンダーバイアスから自由になる時代に」(https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021020500005.html?page=1)

 しっかし、橋本女史の選出にどれほどの透明性があるというのか。これって結局汚れ仕事を女性に押しつけただけのことじゃあないのか。https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64136

【続報】体験談は説得力がある。https://mainichi.jp/articles/20210301/k00/00m/040/084000c;https://mainichi.jp/articles/20210301/k00/00m/040/274000c?cx_fm=mailhiru&cx_ml=article&cx_mdate=20210302

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溶けてゆく記憶:痴呆への一里塚(43)

 もともと暗記力はよくないという自覚はあったが、このところひどくなっているなと思い出している。そろそろ身辺整理をと思い立って母からの遺産関係をまとめておいたはいいが、それをどこにしまったかすぐには思い出せなくなったのだ。以前だったらそれくらいちゃんとおぼえていることできたのに。いわゆる「失せ物探し」で私にとっては膨大な時間と体力が必要になってきている。本だってそうだ。自宅の書架にあるはずのものがない。たいした書架ではないのに。大学に寄附したのかとオパック見てもない。また書架をみるが見つからない。古書店に処分した中に入っていたのかどうか、記憶はもうない。

 一件書類をひとまとめにして、没後にすぐわかるようにしておかなきゃと一念発起しだして半年経つが、それがこれではね〜。先行き不安。

 そういえば、視力が一段と薄くなってきて、煩瑣に眼鏡をとらないと見えなくなってもいる。これも不安材料には違いないが、こういう老化はしょうがないやと受け入れやすい自分がいる。

 なにか言うと、妻は二言目には「なんたらノートに書いといて」という。けれど、死亡後のどさくさでそんなノート、果たして探し当てたり、出てくるものだろうか。母の場合だって、「遺影はこれにして」といわれた写真があったが、それがどこに置かれているのか、未だ見つかっていない。結局、まだ元気だった頃、施設で誕生日に撮って頂いた普段着の写真を使った。私が記憶していた遺志もあったが、私の一存で変えた場合もあった。それなりの葬儀を期待していたようだが、こじんまりとした家族葬ですました(東京でお骨にし、広島で葬儀した)。生前、香典に関して「これまでのを回収しなさい」と言っていたが(半分は本音だったと思う)、私はご辞退させて頂いた。

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科学者・野口英世の毀誉褒貶:飛耳長目(74)

 BS 4Kで「フランケンシュタインの誘惑(3)科学者野口英世」をたまたま途中から見た。朗読が吉川晃司であることは声質からすぐわかった(MAGI見た後だったし)。私も子供の頃の偉人伝で読んだ覚えのある野口英世(1876-1928)を研究者として見直そうという内容であったが、上昇意欲が激しくそれで顰蹙をかっていたということはなんとなく聞いていた覚えがあったが、彼の研究のほとんどは誤りであったという件については、初めて知った。

 あとからウィキペディアで彼の項目を読んだら、これはもう色々の意味で突拍子もない御仁であった。完璧な人間なんていないと断じている私ではあるが・・・。研究者としては、理化学研究所研究員だった小保方某女史の論文偽造騒ぎから6年経ったが、まるでその先駆者であったかのようで、今風にたとえていうと「細菌」学者だった彼が「ウイルス」と格闘してお門違いを重ねていく、そんな印象を私は持った。これで万一ノーベル賞を受賞していたら今頃はと、空恐ろしくなってしまう。

 人間的には「人たらし」に長け、借金を重ねて女郎屋での「放蕩」三昧で浪費する繰り返しで(当然性病にも冒されていた)、性格破綻者以外の何者でもない。偉人伝の彼とは似ても似つかぬ実像だ。

 こんな人間をよくもまあ国家的な偉人を飾る切手や紙幣の顔に使ったものだ。知っててやったのなら、私には、以前書いたイタリア・リラのかつての最高紙幣に採用の、殺人犯でお尋ね者のカラヴァッジオ並の快挙・壮挙に見えてしまうのだが、はたして使用者側の国民の皆さんはどこまでご存知なのやら。

 とまあ、理系の研究業績では時が来ればいずれ黒白がはっきりするわけだが、文系はそうはいかないけれど、彼の、自分に都合のいいデータだけ採用して、他者からの批判を検討しない姿勢を踏襲することだけは避けるべきである。しかしこのけじめを遵守することすら、新分野開拓に挑戦するアグレッシブな(功名心に富んだ、情報発信に積極的な)研究者にとってなかなか難しい。彼らのようなメンタリティの持ち主がいないと、研究は先に進まないのも事実だし。実はデータ改竄や盗作は科学史の偉人とされて教科書にも載っているガリレイもニュートンも、ダーウィンもやっていたことであるらしい。

 理系での不正論文問題が火を噴いている現状の中で(「これまでに約2000本の不正論文を見つけました」:https://www.editage.jp/insights/i-found-about-2000-problematic-papers-says-dr-elisabeth-bik;https://www.saaaj.jp/public/books/books2015_03_1.pdf)、その中で文系の論文捏造は珍しいとされているが(「日本が世界トップの論文不正大国になってしまった理由」:https://diamond.jp/articles/-/213446)、私の分野のように研究の主戦場が欧米にある場合、実は根源的に横を縦にしてのコピペ・盗用問題が内在していることを見逃してはならない。オリジナル研究には時間と費用がかかるが、そんな研究をしていては就職もできず消えていかざるをえない現実の中で、無駄と分かっていても駆け出しの若手は研究論文を乱作せざるを得ない、それで手っ取り早く欧文を読んでもっともらしく自説を装う、という構造的問題が存在する。ま、理系と違い世間的な影響はほとんどないのが不幸中の幸いか。

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続・木内みどりさん

 以前(2020/12/9)アップした後続情報である。「この国に、女優・木内みどりがいた<23>アウシュビッツ、そして福島のアーチ」(https://mainichi.jp/articles/20210204/k00/00m/040/081000c?cx_fm=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20210207)。普通は撤去するほうに大賛成するはずのところ、なるほど強制収容所と同列に考えて遺すべきとは。なかなかの見識で、並の人ではない。アメリカの南軍関係や黒人奴隷でも同様の問題が存在する。

チェコ北部のテレジーン強制収容所

 ところでこの標語「Arbeit macht Frei」は、しばしば誤解されているようだが、アウシュビッツのみに掲げられていたわけではない。以下参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/働けば自由になる

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宇宙トイレ:トイレ噺(23)

 最新のNational Geographic日本語版で宇宙トイレの話がコラム的に載っていた(2021年2月号「無重力でも快適な宇宙トイレ」)。それによると、水分は回収されて再利用される(なんと98%もだそうだ)。ゆえにキャッチフレーズは「今日のコーヒーは明日のコーヒー」。

 それで気になってぐぐってみると色々みつかった。ここでは以下のみ引用しよう。「新しい宇宙トイレ、国際宇宙ステーションに向けて出発:開発費は約24億円、女性宇宙飛行士の利用にも対応」(https://www.timeout.jp/tokyo/ja/ニュース/新しい宇宙トイレ-国際宇宙ステーションに向けて出発-100520)。写真もそこから。

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天正遣欧少年使節とガラス玉:遅報(67)

 昨日、偶然見たテレビで天正遣欧少年使節の一人千々石ミゲルの墓発掘をやっていたので、ウィキペディアでググってみたら、彼の墓と思しき場所から、ロザリオ(材質ガラス玉)と「欧州産と見られるアルカリガラス板の破片」が出てきたそうです。これを根拠にこれまで転び伴天連とされてきた彼の名誉回復も諮られているようですが、さてどうでしょう。だって出土場所は正確には2番目の妻の墓穴のほうからのようですし。ロザリオにしては琥珀色玉の粒が小さ過ぎるので、私は山勘ですが、単なる南蛮土産の装身具ではと思ってます。

典拠:https://migel-project.jp/

 それを、イタリア在住でガラス研究の私の教え子にメールしたら、逆に、日 本スペイン外交関係樹立150周年記念ドラマ「天正遣欧少年使節 MAGI」(2018)を教えてくれました。これはうれしいことにAmazon Prime Videoでみることできますが (https://www.magi-boys.com)、全部で19話もあるようです(一話40分弱が多い)。私は契約していたので即無料でみることできました。なお、第1話はどなたも試聴できるようです。  

 まだ見ていらっしゃらなければ、意表をついてかなり面白い内容なのでお勧めしたいと思います。 私は第1話からぶっ続けで見終わりましたが、イエズス会のあられもない内紛や露骨な人種差別、日本人やモザンビーク出身の弥助ら黒人奴隷問題、少年たちの心の葛藤を、赤裸々に、いささか誇張気味ではありますが、正面から扱っていて、スコセッシ監督「サイレンス:沈黙」(原作は遠藤周作『沈黙』)なんかより数段いい出来で、思いのほか骨太で奥行きが深く重厚な作りでした。ただし、戦国時代なので冒頭で相当に残酷な場面も出てきて、時代背景的に伏線として必要なんだろうし、さもありなんとは思いつつも・・・。なぜか吉川晃司が信長、緖方直人が秀吉で、それぞれいい味を出していますが、実際の使節派遣の主役は大村純忠ら九州大名たちだったはずなのに、彼らは全然登場してきません。といったわけでまあ史実に基づいたフィクションといっていいですが、むしろその虚構設定で当時の風を我々ももろ感じられるわけです。

 私的には、ポルトガル人のイエズス会士コエリョ(日本準管区の初代の長:1581-1590)の行動に関心をもっています。彼は日本での軍事行動を前のめりで構想していましたが、このドラマではちょっと登場しただけでした。イエズス会としては、秀吉との相性で人をえていなかったというべきか(後述の若桑女史はオルガンティーノであったならと慨嘆している:p.247)。他方でわが日本は、下手をすると268年も前倒しでイスパニアの「黒船来寇」に見舞われていたかも知れなかったわけです。まだ全国統一以前の分裂時代の戦国時代でしたので、植民地化されやすかったから、やばかったことでしょうね。

 このドラマで、宣教師たちが英語で話しているのはちょっと違和感ありました。日本語字幕付きなのでたどたどしい日本語も理解しやすかったのも確かですが、それくらいならスペイン語(コスメ・デ・トルレス)、イタリア語(ヴァリニ ャーノ)、ポルトガル語(カブラル)とかでやってほしかった。現実問題としては、宣教師役の俳優さんたちが英語圏出身者だったからかな。というか、国際同時放映らしいので実際には吹き替えもありなんだろうと思うのですが。

 ひょっとしてこの原作は、若桑みどり『クアトロ・ラガッツィ:天正少年使節と世界帝国』集英社、2003年、なのかもしれませんが(読み進めていくうちに微妙な味付けが違っている箇所に出会ったので、スペイン系かもしれない)、このとんでもないド迫力女史が(彼女は一流の研究者であると同時に、文字通り女傑でした (^^ゞ)、千葉大学学長に直訴して大学初のサバティカル休暇をもぎ取って、1995年にローマに滞在したとき、ちょうど私もサバティカルで、バチカンがらみで彼女と思わぬ遭遇をしたことを思い出してしまいます。彼女は信長の屏風発見を目論みあれこれ調査・画策してましたが、目的を達成できませんでした。バチカン宮殿の見学路になっている例の「地図の間」に飾られていたというこの屏風はたぶん乾燥の地中海性気候でとっくの昔におしゃかになってしまっているのでしょう(ポルトガルにあった屏風の下張り[野坂昭如『四畳半襖の下張』ではない、悪しからず]から400年前の貴重な文書が発見された件は、以下参照:伊藤玄二郎「『エヴォラ屏風下張り文書』修復記」『星槎大学紀要・共生科学研究』15, 2019, pp.60-73)。残念ですが。

 とまれ彼女がアルメイダからかの著を書き始めているのは慧眼というしかない。実は私もこのユダヤ系ポルトガル人の生き様に別の観点から注目していて、彼を深掘りすることで時代の風に息を吹き込むことできるとにらんでいる。いつかコエリョともども論じることできればと思っている。

1935-2007年:享年71歳

【追記】日本人奴隷の件を論じた増補新版が最近出たようなので紹介。からゆきさんどころではなくて、ポルトガルやメキシコでも足跡がたどれるのだとは、スペイン史の専門家、関哲行氏のお話でかなり以前にお聞きした情報でした。

 届いたので「増補新版 あとがき」を読んだところ。どうやらこの本はポルトガル人研究者ソウザの著書を元に妻の岡女史が手を入れたものらしい。上記あとがきによると、その時省略した部分を3年後に加えての今般の出版なのだが、世情がようやくそれを受け入れる状況になったので、前回割愛したイエズス会関係の部分を含めた由。一種の忖度をも予想させ、魑魅魍魎うごめく学界の闇をなんとなく推察させる筆致である。とまれ、普通に研究の対象になってきたことはいいことである。

【追記2:若桑女史について】彼女は、上記著作中で、自分はキリスト教徒ではないが、中学のときに聖書を学ぶ学校にいて、と幾度も書いていて、信者でなかったにしてはカトリックに対して見事なまでに偏見なくニュートラルな叙述に徹していたので(彼女は一貫して「教皇」と表記している。だったら「免罪符」は「贖宥状」としてほしかったが)、さてどこのミッションなのか、その中学のことを知りたいと思っていたが、それが書いてあるのを最近になってみつけた(https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/28398.html)。玉川学園中等部だった。なぜ中学とのみしているのかも分かった。彼女は高等部には一学期だけ所属し、二学期からは都立駒場高校に編入したからである。それには書いてなかったが、ウィキペディアには葬儀場所は世田谷カトリック教会、喪主は長男、とあった。さて、どういう「つて」があったのだろうか。

 ところで若桑『クアトロ・ラガッツィ』で、古代ローマ関係で奇妙な箇所を見つけた。私の手元のものは2004年4月25日発行の第3刷である。

p.103「カトリック教会すなわちローマ教会は古代ローマの皇帝コンスタンティヌスがキリスト教を国教と定めた三四五年以降、」:こんなこと書いているようでは上智の入試は落第ですよ、みどりさん。第一に、コンスタンティヌスは山川教科書的にもキリスト教を「公認」しただけである。第二に彼は三三七年に死亡している。息子の一人コンスタンティヌス二世にしても弟コンスタンス一世により三四〇年に殺害されている。これ以上跡づける必要はないだろうが、三世の在位は四〇七〜四一一年である。p.336でも、コンスタンティヌスが「国教」にしたと、同様の誤りを書いている。

p.132「キリスト教信者が伝道後数十年にして人口の三〇パーセントをこえる三十万に達したということは、」:この計算では、当時の日本の人口はたった100万人となってしまう。通説の人口1500万人とすれば、2%(以下参照、大橋幸泰「16-19世紀日本におけるキリシタンの受容・禁制・潜伏」『国文学研究資料館紀要 アーカイブズ研究篇』2016年、pp.123-134)。だから女史的には「3パーセント」の誤植か。

 なお、p.339下段に「教皇の秘密の愛人たち(男性形複数名詞)」と意味深に書いている。これは要するに男色のことであるから、ことさらの説明抜きでそう書くくらいなら、宣教師が日本にきて驚いたのが公然とした「男色」だったと最初の方で書いているのはちょっとどうかなと。現在ローマ・カトリック教会を揺るがしている聖職者による児童性的虐待問題は、万事用意周到な彼女の念頭にはなぜかまだ浮かんでいなかったようである。

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